プロのユニフォーム70年代あたりからズボンをふくらはぎまで落とす形になった。それが90年過ぎまで続き、それがどんどん長くなっていった。それが足首にまでになり、それまでソックスとストッキングの2枚履きだったが、1枚履きとなった。野球選手はケツが大きく、下半身がしっかりしているのでこのユニフォームの着方がうまく行く。
元々、能力がある選手だけが集まり、さらに毎日野球だけやっていい環境でさらに実力を伸ばす。プロに入ってからメキメキ実力を伸ばす選手も多くいて、さらには毎年ニューフェースがドラフトから他球団から海外からやって来る。万年控えのような印象の選手もレギュラーとして使われている選手との差は大したことはない場合がある。ちょっとの差がレギュラーと控えに分け、レギュラーはずっと試合に出られるので実力を伸ばすことができる。
ユニフォームが似合わなかった。ケツの位置にズボンとの隙間が出来てしまい、だぼつきがあるのだ。野球選手はケツで買え、と言われていたくらいで、それまでの野球選手にはありえないと言えるほど小さいものだった。
テレビに革命を起こした久米宏元アナウンサーが亡くなったが、1988年、昭和最後のシーズンとなったこの年、野球史に残る名勝負となった10.19を急遽生中継したのがニュースステーションだった。この時、久米宏は、伝えるニュースもたくさんあるし助けて下さい、とまで言った。


