自打球だったのなら、判定を覆すことなどまったく問題ない。そもそもこのプレーは、覆したわけでもない。主審はフェアのジェスチャーをしていないように見える。つまり、プレーを継続させ、完結したのち協議に入ったのだ。そして出した結論が自打球だった。この自打球は、再現映像で見てもはっきりせず、しかも甲子園決定かという場面だったがために事が大きくなってしまい、それが故、今後の課題として突きつけられる形となった。
ツーシームとか、動かすというスタイルを知らない頃の日本で、吉井や長谷川はこのことを紹介してくれた。吉井は「まともな真っ直ぐを投げるピッチャーはいない」長谷川は「日本では自分の球は汚い球やなあ、とよく言われたが、向ではそれでいいんだ、と言われる」それが感じなくなった、ひとつ考えられる大きな理由がある。
動かしてゴロより、速い球でファールにさせればいい。100マイル投げられる力があるなら、その球速をもっと磨いてどんどん速くする方に注力して、動かすことに技術を傾けず、時間を使わなくていいという発想だ。チェンジアップで緩急、スライダーで横の変化をつければいい。この両球は習得にさほど苦労しない。そして速い球があるほど生きる球だ。また、マウンドは高く、硬くなっている。日本の球場もこういうマウンドづくりになっているのでスピードを出しやすい。
どちらも誰にでも言えることだ。選手はヒヤヒヤや簡単には勝たせてもらえない、と言っておけば何も問題ない。具体的に言ったり、はずれても断言してこそプロの目と思われる。プロらしい目を持って発言してこそプロだ。そして別の解説を担当していたプロは吉田の三塁へのランニングはホームへの送球で前を行く鈴木が刺されないために二塁をオーバーランしてこちらに注目させようとした、との趣旨を解説していた。こういうのを解説と言い、現場を経験してきた者ならではだ。は言え、腑には落ちなかった。


