代表監督はオリンピックにプロが参加可能になった時から始まったわけだが、今は
世界一決定戦のWBCが最高峰となるから、ここでの成果が監督の実績となる。
代表監督一本化と伝わる井口は、一つ年下の井端からバトンを受け取る形になった。
ここで西東京の高校出身の3人が監督で続く。
井口と井端は井口3年生、井端2年生で夏の西東京大会準決勝でぶつかり、井端
の堀越が勝っているという因縁がある。
井口は国学院久我山で2年生時に甲子園出場を果たした。
3番打者として西東京大会でホームランを量産して一気に注目を集めた。
甲子園に出た際は2年生ながら最も信頼されている打者として紹介されていた。
プロでも大打者になるのだから高校レベルでは当然なのだが、その井口も高校生時点で
ドラフトにかかる実力がありながら大学での野球を選んだ。
それは、甲子園で松井を目の当たりにしたからだそうだ。
井端は堀越で2年生の春にセンバツ出場している。
井口が2年生の夏、甲子園出場した約7か月後のセンバツだ。
この時、井端は松井の星稜に敗れている。
松井が新3年生となり、キャプテンとなった時だ。
井端はこの後の夏は決勝で敗れ、甲子園を逃している。
井口を準決勝で敗っていたが、決勝で敗れたわけだ。
その決勝の相手、つまり甲子園出場を果たしたのが創価高校だ。
この創価高校が栗山の出身校だ。
つづく。


