上原は東海大仰星高校時代、控えのピッチャーだった。
エースは建山。
その後、教師になろうと大阪体育大学を受験するも、不合格。
受験浪人中は勉強とアルバイトとトレーニングでしんどい時間を過ごしたそう。
高校時代控えや二番手以下だったピッチャーには過去に紀藤、高津、石井丈裕、
黒田、沢村などがいる。
ただ、上原を含め、控えと言ってもプロになるくらいの実力者は強豪校に行った
がためではある。
紀藤には野中がいたし、高津は県立広島工業で高校日本代表になるピッチャーがいたし、
石井は早実であの荒木がいたし、黒田は上宮で西浦がいた。
また、浪人して大学に入り、その後ドラフト1位、プロでエースになったピッチ
ャーには小宮山がいる。
小宮山は2浪してまで早稲田へ行っている。
高校時代は控えで浪人を経験して、というのは上原くらいか。
上原と対戦した選手はNO.1ピッチャーに上原を挙げる人は多いものだ。
高校時代は控えピッチャー、大学へは教師になることを目的として浪人、
それがドラフト1位からNO.1ピッチャーと呼ばれ、ワールドシリーズ優勝にま
でなるのだから大出世だ。
あり得ないとまで言える出来事。
ちなみに上原が巨人ドラフト1位の前年が高橋由伸だった。
1年後が高橋尚成。
この3人で、上原と由伸が昭和50年4月3日生まれと全く一緒。
尚成がその前日の4月2日。
この生まれが極近の同い年3人が巨人ドラフト1位として3年続いた。
由伸が大学→巨人逆指名、上原が浪人→大学→巨人逆指名、尚成が大卒→社会人
→巨人逆指名。
3年続いたのは上原が浪人してまで大学で教師を目指し、野球を続けてみようと
したことの結果だ。
両高橋は王道を進んでいるから。


