桑田の甲子園20勝は清原以上に超えられない。
戦後で、かつ金属バット導入後、甲子園通算20勝という絶対に今後も破られない記録。
この記録を達成するために、まず第一に、名門でそれも甲子園で優勝できる実力
があるチームで一年生からエースにならなければ、この時点でもう無理という条
件がつく。
この時点でとても難しい条件だ。
さらに、たとえ桑田のように一年生から名門PLのエースになったとしても、次
に夏の予選を必ず優勝し、秋もそれに準ずる成績が必要となる。
つまり、地方大会に関しては負けが許されない。
記録を伸ばすには、甲子園に出場してはじめてスタートとなる。
しかもPLは、強豪が日本一集中する大阪だ。
かつ甲子園でも勝ち続けなければいけない。
そして、甲子園でチームが勝ち続けたとしても、5季全ての大会で投げ続けなけ
ればいけない。
夏、1大会6試合として、無傷で優勝したら6勝。
これを3回繰り返しても18勝。
20勝するには、さらに2試合を要す。
夏の甲子園全てに出て、すべて優勝して、すべてで投げても届かないのだ。
センバツでも勝たなければ届かないことになる。
センバツを含め5大会で平均4試合に勝ち投手になってやっと20勝。
ということは、平均するとベスト4には行かなくちゃということになる。
事実、桑田在籍時のPLの最低大会は85年センバツの準決勝敗退だ。
とんでもない。
甲子園で注目された投手で80年代から振り返って水野、渡辺智、吉岡、大越、
松坂、寺原、ダルビッシュ、辻内、斉藤、田中、、菊池、島袋、大谷、藤浪、、松
井、
吉田、宮城などが頭に浮かぶが、一年生の時からチームを勝利に導いてきた投手はいない。
桑田だけだ。


