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プロは甘い世界だからずっといようっと 再録

あり得ないとまで言える出来事である、上原の逆転野球人生。

2026-8-2 そんなことあってはならない

 

エリート街道を外れ、NO.1となったのは落合もそうだ。

高校時代、上下関係が嫌で、入退部を繰り返した。

大事な試合の時には、落合の力を必要として、呼び戻されたそう。

 

東洋大学進学後も体育会のノリが肌に合わず、すぐさま退学。

そしてプロボウラーを目指したが、試験に向かう途中、交通法違反を起こし、反

則切符の納付のためボウリング試験費用を充てたので、プロボウラーの道は絶た

れたとよく聞く。

 

しかし、試験途中に違反を起こしたのなら、反則金の納付は先になるはずで、

試験を受けてからその金の工面を考えそうなもので、交通違反がそのままプロボ

ウラー断念につながるとは到底思えないのだが。

 

その後、東芝府中野球部へ入り、都市対抗へ出場、その後東京の補強選手にも選ばれ、

日本代表にまでなり、ロッテのドラフト3位指名を受ける。

この時、既に25歳になる年。

 

ちなみに大卒から社会人を経験しての名球会野手に古田、宮本、和田、大島がいる。

 

これらの選手は高校卒業後に大学入学、4年間大学で過ごし、社会人野球で2年を

すごした後にドラフト指名されるという、いわば日本の野球システムでは常に所

属チームを持った形だった。

 

落合は高校時代野球を全うせず、大学中退なので、日本の野球システムからははみ

出した形で野球をやってきた。

そのため、1年目を迎えた時には既に26歳になる年になってしまっていた。

 

落合の足跡は全てが独特だ。

俺流と表現されるのがよくわかる。

 

アマチュア時代の野球への取り組み、プロへの入団の経緯、否定された打ち方。

亜流を通ってきたのに、三度の三冠王という前人未踏の大記録。

常軌を逸していたからこそ、尋常でない記録へと到達できたのか。

 

王やイチローといった想像を絶することをしでかす人も常軌を逸している。

1対4という空前絶後のトレード、選手会を拒否しておきながらFA初年度行使、

年俸法廷闘争と、行動でも常軌を外して話題を振りまいてきた。

 

それを象徴するかのような印象深い言葉に
”プロはそんな甘い世界じゃないから、すぐに無理だろうと思ったら、すごく甘い世界だったのでずっといようと思った”

落合にしか言えないセリフだ。

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