桑田が世間の前に登場したのが高校一年生1983年のこと。
巨人の最年長の坂本や田中が1988年生まれ。
当然、高校時代は知らない。
桑田が巨人のローテーションに入っていたのが20世紀のことなので、もう20
年以上が経っている。
最年長の坂本、田中が桑田全盛期をかろうじて知っているという程度か。
桑田が清原とともに高校野球界を席巻していたのが40年ほど前となった。
投において高校野球史上最高の実績があるのが桑田で、打において高校野球史上最高の
実績があるのが清原だ。
32年間並ぶ者も現れなかった清原の1大会5ホームランは広陵で現広島の中村
が6に塗り替えた。
このホームラン記録は、今後も更新される可能性はあるものの、バットの規約に依存する。
しかし、清原の甲子園通算13本は超えられないだろう。
一年生から毎季のように出場し、さらに毎大会量産して達成が可能となる記録だからだ。
清原は、一年夏1本、二年春3本、二年夏3本、三年春1本、三年夏5本。
清宮が、通算ホームランの高校記録を樹立したとされた。
その清宮は甲子園ホームラン数は2本だ。
松井が一年生から名門・星稜で4番を務め、日本一のホームランバッターに成長
したのに甲子園通算は4本だ。
甲子園通算ホームランが清原13本で2位の桑田、元木、中村が6本と、倍以上
の差がある。
清原の数字とは大きく差があるのは、ずっと甲子園に出続け、そして甲子園でも
勝ち続け、なおかつ量産して13本という数字になる。
甲子園に出続け、甲子園で勝ち続けなければいけないことから、ホームラン記録
という個人の記録でありながら1人の力だけでもダメということになる。
仲間に恵まれなければだめということ。
トーナメントであるため、負けるとそこで終わってしまうから。
プロはリーグ戦なので負け続けようと同じだけ試合ができるので、個人としての
才覚でホームランの数をのばすことができる。
清原の代の選手はのちに、桑田、松山、内匠、今久留主と5人がプロ入りしている。
仲間の実力が高くないと勝負してもらえないということも起きる。
松井は5打席歩かされた。
それ以上に桑田20勝を特筆したい。


