ロサンゼルスオリンピックで金メダル確実と目されていた瀬古が、
失速し、二桁順位となった時、大変なショックを受けた。
それまで、
瀬古のきれいなフォームで
必ず勝ってきた姿しか知らない私は、
現実を受け入れられなかったのだ。
この時、思い出すのが
ちょうど、家族で旅行をしているときだった。
車のラジオが伝える実況の声が、
瀬古が遅れだし、どんどん順位を落としていくと知らせるのだ。
その実況を聞きながら
瀬古の優勝を信じていた私は、
車から窓の外を眺めながら
白樺の木々が一本過ぎてはまた一本、
ただ目に映っているだけで呆然としていた。
そんな私はドラマの1シーンのようだっただろう。
瀬古のレースと言えば、
先頭集団についていき、
必ず先頭集団からトラックで抜け出すレースぶりがとてもかっこよく
瀬古の走りこそがトップランナーの姿だと印象付けられた。
そのキレイなフォームとトラックで鍛えたスピードを武器に、
当時の世界のランナーからも最強と賞賛されていた。
瀬古は、
スピードを生かして、トラック勝負に持ち込むので
瀬古が世界最高記録を出すには
先頭集団がハイペースで引っ張って行けば
塗り替えられるだろうと言われていた。