日本シリーズ第5戦、吉田のサヨナラホームランは右ピッチャーのフォークが高めに浮いたものだった。
よだれが出そうな球で、打ってくださいと言わんばかりの球だ。
こうなるには伏線や状況がある。
勝ちたいのなら、ピッチャーは代えなければいけない場面だ。
自身のエラーで同点に追いつかれ、ホームランが出る可能性が一番高い打者に周り、
右対左の悪条件。
その前の中川は三振に取ったが、吉田を迎えたら代えなければいけない。
左をあてなければいけない場面だった。
だが、シーズン中からたとえ危険であっても交代はなかった勝ちゲームに投げるピッチャーに
交代はできないという判断になる。
そして、このシリーズをひとつ勝ち越しているので敗けてもまだ振り出しだからだ。
こういう時は選手の気持ちを慮るという昔からの慣習で交代させない。
それは勝利より優先されてきた。
幸いにも同点のあとが右打者がいたのだから中川までで区切りがつけやすかったはずで
ピッチャーのプライドを保てるはずだった。
そして中川を三振に取ったのだから、ベンチも理由がつけやすく左ピッチャーにスイッチする状況が
うまくできたはずだった。
しかし、続投で敗戦を引き寄せた。
自身のエラーで同点にしてしまったピッチャーの気分は悪い。
その中で集中し直して、一球入魂するのは難しい。
抑えている状況であればピッチャーは乗って行き集中力が増すが、反面思い通りに行かないと
気分を害し、集中はなくなり、悔しさとむかつきと反省が頭をかけめぐり、中ば投げやりに近くなる。
たとえ吉田を抑えても気分は晴れない。
代えないのならキャッチャーがボール球を多く混ぜる配慮が欲しい。
フォアボールでいいという配球をする必要がある場面だ。
サヨナラのランナーをスコアリングポジションにするという非常識の配球ではあるが、
一番いい打者と気落ちしたピッチャーがまともに勝負しては危険とキャッチャーは察知していい場面だ。
その前にはオブストラクションはあったけど、ランナーはそのままのジャッジとなった。
ランナーが2塁になれば、吉田は当然敬遠だった。
野球のルールとそれを使った戦略の巡り合わせがどちらに運が向くかわからないという、奇妙な試合となった。
中島も全体を通して不満の采配だったので、勝ったとは言え気持ち悪いはずだ。
そこをさらに上回るヤクルトの稚拙がオリックスの勝利になった。
野村がよく言っていた、勝ちに不思議な勝ちあり、敗けに不思議な敗けなし。
日本シリーズとは技術が高い選手が集まった戦いであるが、戦術、戦略、采配が拙いと凡戦になる。