試合時間短縮についてはずっと喧しい。
大幅なルール変更と言えるピッチクロックが今は話題だ。
試合時間について記した2021年3月25日の回顧。
2021-3-25 プロは延長なし 高いレベルの野球の試合時間は長くなるもの
かねてからプロの試合時間は長いとされ、いくつかの対策が講じられてきた。
野球の時間が長くなるのは間があるスポーツだからだ。
インプレーの時間の方が短いという特徴がある。
これにより、選手は時間が長くなっても疲れないから、どんどん試合時間は長くなる。
サッカーが3時間の試合時間を設定されていたら、選手はペース配分を考えるか、
チームは多くの代えの選手を必要とすることになる。
ペース配分をするということはパフォーマンスを抑えるということだから、意味のない時間が出来るということになる。
それならば、時間を短くすればよくなり、短い時間で人の興味を引くことができる娯楽として完成するなら生産性は高い。
間をダラダラした時間と捉えられがちなのは、考えていることがわからないからだ。
映像はプレーの質を印象付け、頭の中は伝えない。
頭の中を映さないので、後日談や証言、選手同士の評価が情報として価値を持つことになる。
スポーツであるのに、その競技に興味を持つのではなく、ことばに興味を持つということだ。
観戦中に考えていることまで伝われば、後に伝える雑誌や引退した人たちのyoutubeは大幅に価値を失うだろう。
WBCでの城島は、相手ベンチからコースの伝達があることがわかると、構えとは逆へ投げさせるようにした。
主審には逆球が行くが、これは意図したものだからしっかりコースを見てくれと言っておいたそうだ。
逆球は投げミスという印象を与えるので主審はボール判定しがちとなり、それを排除したのだ。
こういう話は後日聞かされるととても興味を引くし、話題になる。
勝負の技のひとつだ。
野球が出来た頃は長くはなかったのだろう。
投げて打って走るという発想で、9回くらいがちょうどいいスポーツだったのだろう。
技術や戦術が高く、複雑になり、間を使うようになったのだ。
間を使うことが技術を高め、戦略の質を高めた。
そもそも野球はそういうスポーツだということだ。
これを短くすることばかり考えては、高校野球のような全く深みのない試合がいくつもできあがってしまう。