「セ・リーグ、「誤審」認め異例の謝罪 甲子園での本塁打めぐり」
誤審を認めても、結果を覆すわけにはいかない。
あの打球がサヨナラホームランだった以外は、広島の勝ちとするわけにはいかない。
広島の松田オーナーや緒方監督が審判の重責について言及している。
そんなことは、この件が起こる前からわかりきっている。
審判の人たちは寿命が短いとさえ言われるくらい大変なプレッシャーを感じて仕事をしている。
でも誤った判定はなくならない。
何度も言っているが、人間の一瞬の判断に責任を負わせている限り誤審はなくならない。
仕組みの問題だ。
重責を感じるように促す相手は審判員にではなく、機構へ向けなくては。
「広島・松田オーナー怒り強調「ウチが優勝でけんかったらどうするんよ」
これを言うなら
負けたら明日はない高校生にとってこれにより、優勝できなかったチームは、数多いことだろう。
いままで2年4か月野球に多くの時間を割いてきた高校生の貴重な時間は、水泡に帰す。
なぜ、野球をやるか。
勝つためだ。
「誤審への苦情100件超=「CS逃したらどうする」―プロ野球」
審判への処分もいいが、処分したところで、制度と仕組みを変えずに
また、生身の人間一人の瞬時の判断に任せるのなら同じことが起きる。
是正を考えると言っているがどうするのか。
この場で副審制、ものいい制度がイイと言ってきた。
相撲のものいいの仕組みは、行司の軍配に「ものをいう」ことができ、
「ものいい」が発動されると副審の役目を務める四方の親方衆が話し合う。
この時、映像を同時に確認しながら、結果を出している。
考えられる全てを尽くしているといった感だ。
ここまでくると行司の判断は関係ないということになる。
今回は映像を見直しても結果が同じだった。
世界に先駆け審判の仕組みを変えちゃうのだ。
事が起きてから騒いだってしょうがない。
ひところ流行った
「想定外」を言い訳にしているのと一緒だ。