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野球なんてなくても死なないけど感動するために生きている 再録

甲子園大会中止の決定が下された数年前、観ている方は毎年のように

恒例行事として捉えるが、やっている方は一度のチャンスだ。

この瞬間しかない。

 

青春真っただ中で情熱を燃やして、人生の豊富な経験を手に入れられる

せっかくの大チャンス。

情熱を燃やしてきた選手にとっては、絶望に等しい。

 

ここまでにたてた目標に、専心してきたのに目前で取り上げられた悔しさは

想像するに辛いものだ。

 

同じ目標に同じ時間を共有した者同士が、実践を経ぬまま別れを告げられてしまう。

この人間のつながりは大舞台をもって完結し、より一層の経験と教育がなされると思われる。

 

野球どうのこうのより、濃い時間をすごした人間のつながりを知ることになり、

人生の肥やしとして次の舞台への意欲につながっていく。

 

野球という遊びを凌駕して胸にしみるのだ。

人間としての成長に野球を利用し、その集大成であり、

最大の効果を施す大会がなくなってしまっては完結しない。


大会が開催されたとしても、ほとんどが敗者となる。

敗者となると、悔しさから泣き崩れ、それは本当に立てないほどの悔しさだ。

 

その後には今まで一所懸命やってきたのにいきなり終わりを告げられることに

人生最上級の虚脱感、脱力感が襲ってくる。

しかし、それも、その選手のこれからの糧になる。

 

決定は、その悔しさも脱力感も感じる機会すら奪った。

 

高校生活という、限られた二度と戻らない時間の中で行われること、

味方も相手も同世代の人間で行われること、

考えも体も未熟であるものの、多くの時間をそこへつぎこむこと、

大人の感覚も持ち合わせてきて、とても感受性が高く、吸収力のある時期に入魂すること。

このような境遇は人生の中でこの時しかない。

 

日本を代表する野球選手たちが、二度と来ないこの瞬間に涙してきた。

 

冷静、沈着な振る舞いが印象的な大谷すら甲子園で負けたときは号泣だった。

大谷が背中を追って選んだ花巻東の激情家の先輩・菊池はいわずもがな、

ここで野球人生が終わってもいいという感情さえ湧き起こってしった。

 

前田は、大阪大会で温存敗退してしまい、立ち上がれないほど泣き崩れた。

ヤンチャなイメージがある森も。

クールなイメージがあるダルビッシュも。

王は、プロ野球はもういいが、高校野球はもう一度やってみたい、と言った。

 

この時の涙というのは、まずなにより目の前の勝負に敗れた悔しさだ。

それからそれぞれにたてた目標に届かなかった悔しさがつのる。

そして、同じ高校生として同じ目標に同じ時間を共有した者同士が別れを告げられる寂しさだ。

 

選手は、チーム内でお互いをたたえること、泣き崩れる仲間を支えることで、

自分の高校野球への気持ちを発散したい。

気持ちを発散し、同時に気持ちの整理をつける、この雰囲気を存分に味わい、

甲子園の大舞台の最高の空気を満喫し、自分の青春に咆哮をあげたいのだ。

 

それがあの世代にだけ取り上げられることになってしまった。

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