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ビデオ判定というより正確なシステム

ビデオ判定においても疑問が残る判定が出てきたようだ。

 

こんな記事を目にした。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

ビデオ判定で「余白」が消える――。MLB審判新制度と野球文化の考察。

このビデオ判定、

日本では審判がミスジャッジするたびにもうビデオ導入しろという意見が大勢を占め、

録画再生で見直すことが神とされてきた。

 

私は生身の人間である審判に判定の責任をもたせる仕組みは、是正の必要があるとは思っているが、

録画再生判定が神とは到底思っていない。

 

録画もひとつの仕組みとして検討、導入をすることは是正につながるが、これを絶対としてはいけない。

 

何がベストかははっきり答えが出ない。

 

試合の進行に水を差すことを考えれば、審判の判定に任せる事が良いし、

審判に任せれば誤審が絶えない。

 

もともと

判定を人の判断に任せていることは無理がある。

 

人間だから必ず間違いを起こす。

 

どんなに鍛錬を重ねても人間が判定している以上間違いが起こると言っており、

それを審判の技量のせいにして審判を責めることは間違いであり仕組みが責められるべきなのだ。

 

判定には

人間らしさなど一切必要なく、無味乾燥で感情の入る余地のない正確さのみ求められる。

 

ひとつの判定の違いが試合の展開を左右して、作戦も変わってくるのだ。

それが勝敗にも結び付く。

 

その一瞬のために準備し、賭けている選手としては正確な判定のみが是であるのだ。

 

相撲の「ものいい」という制度はとてもいい制度だと思う。

 

ただ相撲は一番、一番が短く、終わってから審判団で振り返り、

行司差し違えや取り直しが可能だが、野球にはうまく取り入れられないだろうか。

試合の進行に水を差すことが最も懸念されることだろう。

 

ただ

録画判定というのはこれに近いものではある。

 

四方に居座る親方衆のうち、行司の判定に意見がある場合、文字通り「ものいい」が発動される。

 

そして土俵の上でこの審判団が協議し、最終的な判断がなされるのだが、

この時の判断はスロー再生で判断するものと相違ないことがほとんどだ。

 

複数の角度から複数のプロの目で見ると間違いが起こりにくいということ。

 

もっとも「ものいい」も協議の最中、録画班の意見をインカムで聞いているようだが。

 

野球も審判の数を増やしたり、グランド外の見やすいところにプロを配置し、

判断を下せばこれと同じことが可能となりそうだ。

 

そしてこの記事で話題にしている流れアウトだが、この記事の見方は誤りであり、本来これもいらないもの。

 

流れアウトで許されるのは、タイミングアウトでタッチを待ち構えていて、

たまたまタッチをかいくぐってベースタッチした時くらいだ。

 

ナイスプレーアウト、

足が離れたゲッツー、

いってこいストライクなど

いわゆる流れのアウトは野球を面白くさせない。

しらけさせることのほうが多い。

 

判定は正確さのみを求めることが野球を面白くさせるのだ。

 

この記事は大いなる勘違いと錯誤で結んでいる。

 

「いいプレーに対するご褒美のような判定や、逆に気を抜いたプレーに対する

厳しいジャッジもこれまで野球の一つの要素であり

プレーの流れを読み取って、余白のある判定が野球を面白くしてきた。

これも野球文化なのである。」と。

 

戯言だ。

 

こんなことを言っていると、むしろ野球の衰退になりつまらなくさせることになるのにいいかげんなものだ。

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