道具を使うスポーツは長く続けられるという2015年5月20日の傑作を振り返る。
道具の介在があればあるほど、長くできることになる。
ひと頃、レジェンドなどともてはやされた、山本昌、葛西、伊達、カズと皆、道具を使うスポーツだ。
この中でもサッカーは道具といってもボール一個なので肉体の能力が多くの割合を占めるので
長くはできない部類のスポーツだ。
引退はほとんどが20代。カズはとっくにプロのレベルにない。
道具を使わない陸上で素人がマラソン選手に勝つなどありえない。
キロ3分で42.195キロを走る。
今のマラソンはキロ3分では勝てないほどだ。
どこかで2分台の走りをしなければならない。
体脂肪率が10パーセント以上の素人がキロ3分で走り続けるなんて数キロがいいところだ。
それくらい、差がある。
たとえば体操。
素人があれだけの技はとうていできない。
ひねりながらの宙返りなど、どうやるのか想像すらできない。
鉄棒では、技のひとつにも数えられない蹴上がりすら一般の人ではできない人が圧倒的に多い。
そもそも、体操をやるに必要なあの肉体を手に入れることからして大変だ。
たとえば、水泳。
一日何十キロも泳ぎ、陸にいるより水の中の方が楽。なんて感覚考えられない。
長い距離を移動するなら、水泳選手が泳ぐ方が一般人が走って移動するより速いだろう。
こういう肉体のみの単純スポーツは体力がものをいう若い頃が有利であり、長くやることは難しい。
ここへ道具が介在すると途端に技の熟練や経験でその肉体差を補うことができる。
また、道具に自分の意思を預けることになると道具の性能が肉体差を凌駕してくれる。
するとこういったスポーツはプロとアマの差があまり開かなかったり、
素人がプロに勝ったりする場面が出てきたりする。
一方でプロとアマの差が逆転しているスポーツもある。
たとえばスキー。
プロスキーヤーよりオリンピックに出場するアマチュアの方がタイムを測れば速いだろう。
たとえばフィギアスケート。
オリンピックで一旗揚げ、技術の頂点はアマチュア時代で、そこからプロに転向してお金を稼ぐという稀な仕組みだ。
道具に意思を預けると、素人がプロに勝つ場面が出るという話に戻そう。
野球は道具を多く使う。
だからお金がかかるスポーツだ。
サッカーはボール一個で技術が磨けるので貧しい国でも盛んになり、世界中で楽しまれる。
野球は、お金がかかるので世界中誰でもというわけにはいかない。
いかにもアメリカ発祥らしい。
その野球。
ピッチャーはボールに自分の意思を伝え、打者はバットに自分の意思を委ねる。
すると、投手がプロ、打者が素人という場合、素人が打つことが可能だ。
バッティングはタイミングが命だ。
故に、投手が速い球、切れのいい変化球を投げようと、
タイミングがあってしまえばバットという道具がそれを弾き返してくれる。
タイミングさえ合えば、あとは普通の大人の男の力があればフォームがどうのとか関係ない。
極端に言えば、目をつむってもボールが通るラインをスイングし、タイミングが合ってしまえば打つことが可能だ。
投手が素人、打者がプロでも逆転が可能だ。
プロの打者が打ち損じる可能性があり、8人の味方が守ってくれるからだ。
サッカーもそうだ。
ボールを持ったプロを素人が抜いてくるコースを読んで足を出せば、ボールを奪える可能性がある。
これも目をつむってもタイミングが合えば可能性がある。
ただ、逆はあり得ない。
ボールを持つ素人がプロを抜くことはできない。
とんでもなく足が速ければできるかもしれないが。
そんな人はそもそも素人でいられない。
ゲームの中で一番注目される投手と打者の対戦というシーンにおいて
プロと素人が逆転可能という野球は最もプロと素人の差がないスポーツとも言える。