今日のヤクルト‐巨人の神宮は野村ID野球30年メモリアルナイターと銘打っている。
野村は自身を月見草と言い、光の当たらないパ・リーグで過ごしたことから、
セ・リーグで指揮を執ることになると、とりわけ球界の盟主・巨人にライバル心をもつことになる。
さらに巨人の監督は人気を独り占めしていたと言っていいスター長嶋が数年後、復帰することになる。
当然、意識する。
したがい野村メモリアルナイターということになると、巨人戦となるのは必定だ。
30年となっているが、野村就任は1990年だ。数えると32年目になる。
ということはID野球を提唱してから30周年ということなのだろうか。
30周年とは言わない、30年と言っている。
そうすると、それがメモリアルになるか?ちょっとよくわからない。
亡くなった翌年だから無理矢理そうしたのだろう。
そのID野球はインポートデータ野球だかインプットデータ野球。
データを取り入れるということは、考えずにやっていては勝てないから相手データを頭に入れることで
弱点を突く、こちらの力を活かす、という野球をするということ。
それにはこの日のように点の取り合いを想定していない。
古田が言っていたが、「こういう乱打戦は一番嫌っていた」
また、セ・リーグや巨人を妬んでいたのは何と言っても人気があるからだが、
この日は無観客で静かな試合となってしまっていた。
メモリアルナイターにもかかわらず、乱打戦になり、無観客とは皮肉な結果だ。
月見草・野村の真骨頂か。
ヘリコプターの音まで聞こえる。
野村監督就任1年目に古田がルーキーとしてプロ1年目となる。
これはまさに運命の出会いだ。
NO.1捕手になるべく、野村の下に導かれた。
野村の誕生日は1935年6月29日。就任1年目の1990年は55歳になる年ということになる。
古田は1965年8月6日生まれ。
野村と古田が出会った1990年、55歳だった野村の年齢に古田がなった昨年、野村は亡くなった。
野村ID30年メモリアルナイターが開かれている今年、56歳の古田はあの時の野村より1つ年上へとなる。
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