大学や高校にはスポーツ推薦があり、高校なら私立の名門校は野球推薦や
野球留学といった形で全国から選手を集める。
大学の名門校はほとんどがこういう推薦やセレクション合格者で選手は構成され
、一般で入学した学生は野球部に入れない場合もある。
そして大学ならこの推薦についてある程度のルートがあり、
過去からの実績で指定の高校に枠を設けていることもある。
推薦枠で入っておきながら、何らかの理由で退部、退学をした場合、大学からの報復として、
それ以降の枠を狭められ後輩に迷惑がかかるという見方があり、
これのために辞めにくくしているということがまことしやかに囁かれまる。
しかし、選手の自由な生き方を束縛するような態度は大問題だ。
大学野球部として、そういう気持ちがあったとしても、それを言葉にしたり、
高校へ圧力をかけたりしたら、それはもう脅迫。
積極的な生き方を選択しようとしている学生に教育の立場にある大学が
それを堰き止めるような方針を示すことは今ではなくなった。
例え、そんなことがあっても、そんなことのために人生を諦めることはできない。
そして、仮にそうなったとしても、後輩にとっては迷惑ではない。
人生なんて必ず決まった通りになど行かないのだから、大学野球部推薦くらいのことで
迷惑などと言っていたら話にならないからだ。
むしろ、そんな程度の大学なら行かずに正解。
枠が狭まったおかげで人生が好転する可能性だって大きい。
もし、そんなことが起きようものなら高校の方でも、そんな見識しか持ち合わせない大学へ
今後選手を進めさせようとはしない指導者が多く、枠の減少など何ともないうえに、
こちらからお断りだとのことだ。
高校生に億単位の金を用意して、来てもらおうとする産業など野球界くらいしか思いつかない。
高卒ドラフト1位を拒否して大学へ進む選手は4月にプロを選んで入団した時と
大学に入学した時では実力は変わらないのに、かたや億の金を手にして、
かたやお金を払って野球をするという天と地の差になる。
それでも人生設計として大学を選ぶのは、人生は金ではないということ、
大学へは行きたいということ、あるいは大学野球を経験したいということ、
あるいは今、プロへ行くより大学で実力をつけた方がいいということ、
あるいは大学へ進んでからの方が結果的にはもっと多くの金を手にできるほどの
実力を
身につけることができるということ、などの理由。
ただ、その億の金も本人が自由に使えるわけではない。
むしろ本人の手にはほとんど残らないと聞くほど。
育ててくれた関係機関、特に高校や大学へ渡り、親へのお返し、地元への寄付、といったところになってくる。
つまり契約金は選手としての価値とともに、選手育成のための資金と言えるのだ。
これからも有望な若者を育てて下さい、というプロからのメッセージであり、
プロは教育機関や地元のチームに育成を委ねるかわりに資金を提供する仕組みだ。
それが契約金という名目なのだ。
それによってまたプロに入ってくる人材を育成するという仕組みに日本はなっていることになる。
選手の価値は入ってからの年俸がそれになる。
グラウンドには金が落ちている、という有名なことばあるが、プロ野球選手になるときのお金=契約金よりも
自分の実力でグラウンドに落ちている金を拾い上げ、長者となっていくことがプロの姿ということ。


