昨日、このシリーズは桐敷がカギを握るピッチャーに挙げた。
左ピッチャーは数が少ないため、打者が慣れていないことと、近年の野球は左打者が増えたため
左ピッチャーのワンポイントやセットアップは、戦略上、最重要部分となる。
ところが、昨日の桐敷登板の場面は右打者が並ぶ場面だった。
先頭打者がエラーで出塁、続く右打者にレフト前ヒットとなり、無死一、二塁をつくられた。
使いどころが違う。
試合後、桐敷は涙を流し、敗戦の危機に至ったことに責任を感じ、味方がサヨナラで
挽回してくれたことにホッとした。
しかし、責任は監督をはじめとする首脳陣にある。
選手は出場する場面で全力を尽くすことが責任であり、その成功か失敗かは監督の責任だ。
選手に責任はなく、これから使われなくなるか、クビになるか、だけだ。
昨日から桐敷を取り上げたのは、今の野球で最も重宝されるのが左ピッチャーだからだった。
そして、その顕著な例が3戦目の桐敷の投球だったからだ。
左ピッチャーが重宝されるが、次に欲しがられているのが右の大砲だ。
その理由は次回へつづく。


