競技者は感覚を大事にする。
そして経験を増すと鋭くなっていく。
見た目にきわどく見えるタッチプレーでも
鋭い感覚に従い、行くと決めたとき、本人には走っている最中から確信がある。
絶対セーフになる、と。
周りにはその感覚は分からないから暴走にも見えることがあるし、味方は大丈夫か?とか
えっ?行くのかよ!、と思ってしまう。
そして、審判はアウトとした。
それは判定の間違いだった。
これは失望と怒りが瞬時に沸く。
野球人生でも何度もない瞬間を否定されたのだ。
自分のセンス、経験、ひらめきを。
最高のファインプレーを認めてもらえない怒り。
俺の高度な技術をこの低劣な権威に貶められた。
そんな怒るほど余裕じゃないだろ、というのは傍目の話だ。
高度な瞬間に生きる者はこの確信を否定されたくない。
きわどいからこそ能力が発揮されて、それをちゃんと拾ってくれないと。


