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大差がついていればあきらめもつくが 降雨コールド 再録

2016年の沖縄大会では雨でこんなことが起きた。

逆転したものの、豪雨のためコールドとなり敗退となった試合だ。

浦添商-小禄のカード。

 

7回終了時点でビハインドの浦添商業が8回表に逆転をした。

ところが8回裏の小禄高校の攻撃時、雨が強くなり試合続行不可能、コールドゲームとなったのだ。

 

すると、8回の表裏が終了していないためゲームは7回終了時点のスコアが採用されることになり、

小禄高校の勝利となった。

逆転しながら負けと言われた浦添商は、そりゃ納得いかない。


ゲリラ豪雨ではいきなり試合続行不可能となってしまう。

豪雨となっても試合成立してしまっていたら、なかなかコールドの判断はしにくいのが心情だ。

水たまりの中、試合続行し、逆転したにもかかわらず、ついに続行不可となり

敗退したこのようなケースは気の毒であり、モヤモヤが残る。

試合成立してコールドになるよりは、成立前の早い段階で中止の判断の方が良いだろう。

 

浦添商ナインは試合終了しても、試合再開を信じキャッチボールや円陣をつづけ、

客席も応援をつづけたそう。

しかし、ルールはルール。

現実は変えられない。

 

浦添商の監督は、「人、物、高野連に当たるな」という主旨を選手に伝えたそう。

これに対して、反響が大きく、立派とのことだ。

 

たしかに、ルールで決められていることなのでこれは受け入れなければならない。

当たるということは醜い行為であり、慎むことが求められる。

これも人生だ。

 

しかし、今まで2年半、このために青春を燃やしてきた選手たちが、これを受け入れるのは酷だ。

やりきれない。

逆転して、リードしている状況で負け、と言われるのだから。

これが、リードされている状況ならあきらめもつく。

 

そして、監督の発言に「高野連」ということばが出てきているということは、

高野連に文句がある、と言っているようなもの。

選手の中には高野連のことなど頭になかったかもしれない。

そこを、監督に気付かされて、「そっか、高野連がいけないのか」と感じる選手もいるかもしれない。

監督は、高野連に文句が言いたいに違いないのだ。


そして、「当たるな」は、わかるとしても、多くの人が無情ととらえていることにたいして

黙っていることが立派で美談にはならない。

黙っていることがいい時もあるが、ここは、黙っている時ではない。

 

高校生が言えないなら、まわりが騒いで、問題提起し、

改善すべきかそのままいくべきかを議論をする。


高校野球は、こういうことが起きても、変わらないことを前提に進めてきた。

「教育の一環」のもと、不条理を受け入れさせ、黙ってがんばることこそ

高校生のあるべき姿と押し付けてきた。

 

そんな不条理が認められ、問題が起こって是正せずにいても、変わらず人気を保ち、

高校野球をここまで日本の文化にしたのは、100年に渡り紡いできた高校球児達の

真剣なまなざしのおかげに尽きる。

 

高野連や親、ファンはそれにちょっと手を貸しただけで、

その労力をはるかに超える多くの楽しみを頂戴してきた。

教育とか言いながら、高校球児に人生を教わってきたのだ。

 

教育されてきたのは、高校球児ではない。

大人の方だ。

高校野球は、いつも主役は高校球児。

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