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甲子園ばかりを見ていない 再録

高校野球をやる選手は全てが甲子園を夢見、憧れているわけではない。

甲子園を夢の舞台としているのは、マスコミや主催者、ファンの見方であり、

それから多くの出版物やテレビ、映画の影響によるイメージだ。

 

高校野球を志すにいたった理由として、幾多の名選手、幾多の名勝負と

同じ舞台でやりたいというのもある。

 

しかし、一度足を踏み入れた高校野球の世界では、甲子園出場を目標として念頭にはあるものの、

毎日の練習や試合を繰り返していくと、目先は、勝ちたいということの方へ移る。

敗けたくないという気持ちだ。

 

これまで積み上げてきた俺達の力で相手に勝ちたいということ。

こんな感情の中、さらに芽生えるのは義務感、野球を終えた後のステップ、

あと何日で終えられる、などと複雑な感情にも至る。

 

佐々木の決勝戦温存は、これまでの高校野球では考えられない行為だった。

決勝まで来て、甲子園出場を目の前にすれば、それは勝ちたい。

 

その中で、それまで甲子園を目指してきた周囲の選手たちを無視した采配という感想を耳にした。

しかし、佐々木程の逸材の体を慮れば、周りの選手たちも納得していたかもしれないし、

チームとして話し合った結論かもしれない。

 

あんな采配あり得ない、甲子園を目の前にした選手が納得するか、とまくし立てる者も

目にしたが、選手の感情は一様ではない。さまざまだ。

 

ある野球名門校の選手からは、こんなに野球ばっかりやっていていいのかなと、

自分のしている現状に疑いを持ち、将来への不安を口にすることを聞いたことがある。

別の野球名門校の選手からは、早く終わんないかなという口癖を聞いた。

 

ただ、試合になってしまえば、闘争本能、負けたくない気持ち、楽しい、

が沸き起こり一生懸命やってしまう。

とりあえず、やるだけやって結果が出てから考えよ、という気持ちにもなる。

 

そして、負けて泣くのは、早く終わってほしかったけど、本当に終わってしまった。

終わってほしかったけど本当に終わると寂しい。

敗けた悔しさ、むかつきは募る、終わってしまうとまどいが複雑な感情を操作させる。

 

高校生の部活動だ。部活動での目標を定めること、方向を決定するのは彼らにある。

だから、外野からどうのこうの言う資格も権利もない。

プレーに対する批評はするが、部活動の方針に口を出す資格はない。

 

甲子園だってマスコミとファンがつくりあげた虚像の巨像。

もちろんその伝統に憧れて高校野球をやる、甲子園を目指すという選手は多いわけだが、

感動創造機関でも熱血涙汗機関でもない。

活動の仕方は学校と部による。

 

そして、名選手が、ここで野球が終えてもいい、ぶっ壊れてもいい、という感情になるのは

一時の事で、それは貴重な青春の2年数か月を濃厚に過ごした仲間や時間があるから

そういう感情になるだけで冷静に時間が経てば、よかったと思える。

 

逆に壊れてしまえば後悔に至る可能性の方が大きい。

早まった、若かった、と。

 

一時の感情だ。

観ている人たちだって一過性の話題であり、大騒ぎした温存を

今、話題にしている人は誰もいなく、その時が来た時だけ、同じようにまた騒ぎ出すだけ。

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