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デッドボールに謝る理屈 怒る理由

デッドボールは身の危険だから怒って当然と誰でも思っている。

でも、打者がピッチャー返しをしてもそれは仕方ないプレーのケガとされる。

ぶつけたピッチャーは謝るが、ぶつけた打者は謝らない。

 

謝るのは失敗と思っているからだ。

ピッチャーはぶつけようと思っていないのに、技術の失敗を犯して、自身の意図と違う

ことが起きてしまったから謝る。

 

逆に打者はピッチャー返しをピッチャーが捕れないということは、

見事な打ち返しで成功だから謝らない。

 

ピッチャーはボールを自由に扱っていいという権利がある。

自由に扱っていいところで人が立っているところに投げてくれば、そこじゃねーだろ、と怒る。

 

打者は自由に打てない。

ピッチャーの投球に合わせて、そちらの都合に合わせて、軌道とタイミングを合わせなければいけないから

ピッチャーに向かって打ち返しても謝らない。

ピッチャーも俺が投げた球が返ってきたのだから怒れない、と思ってしまう。

 

たとえば電車の中で脚を組んでいるところ、邪魔だからと蹴られたら怒る人が大半だ。

脚を組んで座っていることが悪いと思っていないから、つまり行動の失敗と思っていないから。

 

路駐している車を傷つけられたら怒る人が大半だ。

路駐は権利と思っているから。行動の失敗と思っていない。

 

人間生活や社会秩序はできないことは許容する。

動物を殺したいとは多くが思っていないが、肉は食わなきゃいけないから

なにか言い訳を見つけて許容する。

 

先にそこへ座っている権利があるから、

無意識にも、そこの空間の占有権を持っていると思い込む。

だから脚を組むのも権利であり許容されるものと認識される。

 

車は場所を占有し、騒音を出し、ガスをまき散らし、凶器となって人を襲う。

だけど、人と物は移動しなきゃ生活がままならないから言い訳を見つけて許容する。

 

駐車場があるだろ。

脚を組まなくてもいられるだろ。

移動する方法は他にもあるだろ。

野菜や米やパンがあるだろ。

 

でも、便利や豊かや喜びはどこかで許容する。

制限をかけられない、我慢できないから。

 

出来ることはだめ。

規制できる。

 

デッドボールはやらなくてもいいし、できるのだから、ダメ。

謝りなさい、となる。

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