往路4位の駒沢の監督は復路に自信を持っていた。
「試合を変える」という言葉を使っていた。
それを新聞紙上ではわざわざ「試合(流れ)を変える」としていた。
言っていないのに勝手に「流れ」を付け足す。
「試合を変える」という表現は、劣勢を凌ぐ、ということか、または「変える」
と言っているから優勢となる、攻勢に転じる、と読み取れる。
これを意訳して「流れ」としている。
何?流れって?
野球では何度となく聞かされる流れ。
誰も定義することなく、堂々と使い、聞く方もなるほどと納得できた感覚になる習慣。
野球中継の解説者と呼ばれる人が使う「流れ」。
解説と呼ばれるものにまで「流れ」を使われては、いない方がいい。
流れとは何なのか。
おそらく、傾向の事を言うのだと思う。
こういう場合はこうなりがちという。
ただ、それも経験によるものと思われる。
経験ならいいと思うのだが、その経験も100%ではないのだから常識として誰もが使い、納得させるのはダメだ。
そしてその経験も5割さえ超えているのかも怪しい。
経験というより印象の方が大きく、印象は一度起きると強く残るから、
実はその頻度は少ないにもかかわらず、多いと捉えがちだ。
さらに、経験でも印象でもなく、誰かが言っていた、多くの人が言っていることを
自分の経験や印象と思い込み使いだすこともあり、ここまで行くと手に負えない。
傾向としてここで展開したのだが、100%や5割や頻度という表現が出てきた。
つまり「流れ」は傾向なら、それはデータという事になる。
その数字を示した人を知らない。
つづく。


