2018年の東東京大会準々決勝では本来、抗議が許されない高校野球でこんなことが起きた。
安田学園-小山台 8回、レフトポール際の打球のファール判定に小山台から
審判へ確認が入る。
審判団協議のあと、ホームランへと覆えった。
納得いかない安田学園はベンチの背番号10の選手が執拗に主審に確認を続けた。
高野連が審判団に再協議を促し、審判団が再協議の上、出した答えを高野連と
再確認の末、ファール判定にまた覆えってしまった。
ファール判定→協議→ホームラン→協議→ファールへ訂正されるという
高校野球で見たことのないシーンが展開された。
ファールを確信する一塁側ベンチの安田学園は、監督が怒りをこめた雰囲気だった。
そこへ10番の選手が主審へ確認する。
確認というより完全に抗議だった。
説得しようとする主審に対して、「いや、いやこうでしょ?」
それでも説得しようとする主審に対して、安田学園の選手は膝に手をやり
苦笑いで首を振る。
終盤の1点を争う場面で、確信しているだけに引き下がれない。
高校野球は負ければ終わりなのだ。
安田学園が執拗に、主審に食い下がらなければ、ホームランとなっていた。
最終的にはファールが正しいと審判団が判断したということは、
安田学園が異議を申しださなければ、誤ったまま試合が進んだことになる。
そして、本来、高校野球では許されないはずの抗議が許され、認められたことになる。
終盤で僅差のホームランだから、こうなったわけだが、
ただのアウト、セーフでも抗議が認められていいことになるはずだ。
野球は、ひとつのアウト、セーフ、ひとつのストライク、ボール判定が
その後の試合展開を左右するから。
ライブ中継でのテレビの映像ではファールに見えた。
テレビも誤審がバレかねないからリプレー映像を流さない。
審判団や高野連に配慮してこういう時は静観する。
ファール→ホームラン→ファールと変わってしまうということは、
審判の誰もわからないということだ。
審判4人、特に三塁審判と球審は、俺はこう見えたけど、もうわからないよ。
自信ないよ。
どうしよう。
リプレー検証できないし。。。
という状況だったのだろう。
それは、仕方ないことだ。
これは審判の能力不足で片付けられない。
一瞬の判定を100%正確になど人間には不可能なのだから。
プロでさえ間違えることを認め、リプレー検証を導入したのだから。
両ベンチがファールだ、ホームランだ、と主張する中、協議を必要とするほど
はっきりしないのなら自信をもって一瞬の判断に頼るということは
人間の心理としてままならないはずだ。
時間の経過とともに、その判断に不安となっていくはず。
これを不安なまま一度出した判定を貫くことを強いたり、判定が変わることに
審判の威厳などと意固地になることもない。
判定は正確のみ是であり、何度も確認し、覆ることは何も問題ない。
正確で納得いく判定を時間をかけてでもやったらいい。
ただ、そうするための仕組みにしておく必要がある。
高校野球には抗議が認められていないのにこの時は許される形となってしまった。
抗議ではなく疑義の時は確認にとどまり、判定が覆るなどはないという
倣いだったはずだ。
これではルール無視となってしまうのでそこを整備しておくことだ。
審判団に自信がない中、安易な結論に落ち着かせることは、審判団と選手たち、
双方に不幸だ。
これまで青春を賭けてきた選手たちの努力が一瞬で水泡に帰すことになり、
審判団はのちのちも、後悔や反省にさいなまれることになりかねない。
結局、このケースはリプレー検証が許されていないことから雰囲気で決められた感があった。
球場の雰囲気、両チームの雰囲気、そして、審判の中にもファールに見えたけどとか、
ホームランのような。。ということで出した判定という印象がある。
しかし、ファール判定は正しかっただろう。
しかし、高野連が再協議を促した点を見ると、実は見守っていた高野連の人達の
多勢がファールと見ていたからかもしれない。
もしくは、高野連がリプレー映像を裏で見たからかもしれない。
この高校野球では前代未聞の抗議からの判定覆りという現象は、
プロで採用されたリクエスト制度により、覆ることが当たり前となったので
皆、それを容易に受け入れることができるから起きたとも言える。
野球ファンにはその認識ができたからだ。


