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プレッシャーから解放される審判たち

機械がいいと言っているのではなく、人間の目で後ろから一瞬で判断するのは

だめと、この場では繰り返し言って来た。

 

この解決は、機械に任せることが最善と一致の方向だ。

実際に、録画再生の判定は波風が立たない。

そして、このじっくり見返す時間は盛り上がる。

 

この効果を知ったこともあり、機械への判定に躊躇がなくなった。

そして、ストライクボールの判定も機械に依ることとなった。

 

人間の目、という錯覚や勘違いをしょっちゅう起こすものに頼ること。

それを後ろからという見にくい位置から判断すること。

さらにそれをたった一人に任せること。

しかも、一瞬で決めること。

極めつけは自分でも自信がないのに、訂正が許されないこと。

 

これだけの悪条件が揃っていて、正確な判定ができるわけがない。

正確でないということは勝敗もわからないということだ。

 

つまり、優劣を決める大前提のスポーツ競技がハナから不正確を了承しているという

人間の知性で許しておいて不思議な状態がずっと続いてきた。

 

判定など無意味とだれも気付かなかった。

気づいていたかもしれないが、一部の人であり、その一部の声も小さかった。

 

そして、解決方法が思いつかなかった。

裁判のように複数の人間でじっくり協議して出せばよかったのに、それはできないものとされてきた。

 

そしてついに、解決方法は機械の発達によってだった。

人間の知性で放っておいて不思議だったことが、人間の知性による発明で善処された。

 

ところで、これにより、これまでの選手の技術が不要となる部分が出てくることに気づいた。

 

それは次回、詰めよう。

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