東京の高校野球は、東西で大会が開かれる。
無観客試合となっているが、特定の条件に該当する人は観戦ができる。
その中の、該当する人にプロのスカウトが入っているらしい。
プロのスカウトは全ての試合に行くわけではない。
目ぼしい選手にあたりをつけて来場することになる。
しかも、東京という狭い中でだけだから、大した人数にも大した回数にもならないだろう。
だから、大したことではないのだが、スカウトの方に優先度があるということが
高校野球の主旨を逸脱していると見て取れる。
高校野球はプロ養成機関ではない。
結果的に、そういう位置にいるというだけで、さらにその役割を自覚しているのは
一部の強豪校だけだ。
そもそも、高校野球は教育の一環と標榜している。
だから、技術の向上を目的としていない。
これまでの慣習にしたがった高校生の精神の成長を主眼としている。
野球技術の向上やプロを目指す選手を阻害しようとも、そちらが大事ということだ。
そうでなければ、あれだけ酷いストライクゾーン、その他の判定のレベルの低さ、
試合進行を優先する姿勢、に説明がつかない。
試合進行を優先する姿勢により、高校野球は深みに達しない。
間で勝負する野球が、これでは発達するわけがないのだ。
だから、技術の向上を目的としていない。
一球毎に変わる局面に対して、考えを巡らし、戦略をたてることが野球の最大の醍醐味なのだ。
それなのに、今回、スカウトの入場を許可する理由が、
「子供の進路を考えると、当然見ていただきたい」だそうだ。
この一貫性のない態度で、よく教育の一環をかかげられるものだ。
そして、矛盾だらけの中で、よくも高校野球は存続できているものだ。
それは100年以上に紡いだ選手たちの頑張りによるもの以外に何もない。
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