戦力均等と年俸高騰阻止という目的ではじまったドラフトがスター選手の人生を左右するという
極上のドラマになったことで、もうそれ自体がプロ野球のひとつのコンテンツ、
いわばファンサービスのイベントへと変貌した。
もう、これだけでお金になるエンターテインメントだ。
やる前からファンやマスコミが予想し、結果をもっても話題にできる。
皆、ドキドキし、その瞬間を長く待ち、予想し、予想が外れればびっくりしたり、
隠し玉が出てきたり。
そしてプロが億を払ってでも投資したい選手を高らかに宣言する、という演出。
話題はそこで終わらず、何十年たっても、あの時、こうじゃなかったら、
あーなっていたらという話は尽きない。
その時だけでなく、後年にまで金を生むわけだ。
KKや江川のドラフトドラマなど、それにまつわる裏話は本もテレビ番組も多く作られる。
当事者である球団も当日どうなるかわからないという代物はまさに運命。
野球での戦いのほかにも、ファンを楽しませる方法を見つけてしまったのだ。
これにより人生を振り回される大物が出現し、働きたい職場を選択できない
システムをスポンサーは応援するとまで言ってしまっているコンテンツだ。
戦力均等など計らず、努力を積んで劣っていたプロの潜在能力で覆すことがあった方が、
勝負のストーリーとしては本来はおもしろいと思われる。
評価が低くともプロになれるほどの実力があるものが覚醒し、
強者に勝つことなど十分可能であり、それこそがスポーツの真髄だ。
プロはそこを見せることの方に価値があると言ってもいいほど。
チームの編成力やチームの育成力で勝負したり、選手の、強い者にでも勝ってやる
という気概で勝負したりが本来のプロの世界のはず。
そして、プロはお金で強くなったっていい。
FA制度は金で強くなる制度だ。
ドラフトの建前と真っ向、反する。
そして、お金で選手を買ってきても、勝負事は必ずしも勝てるとは限らない。
かつて巨人はそうして負けてきた。
古田は高校時代無名で大学でもドラフトにかからなかった。
大学も一般受験で、野球を続ける気さえなかったほど。
上原は高校時代は控えピッチャー。
大学を浪人して普通に受験し、教員になろうと入学しているほど。
黒田、沢村も高校時代は控え。
新井はどうしてもプロになりたく、つてを頼り、広島6位でねじこんだ。
佐野は大卒ながらドラフト9位にもかかわらず、プロでは首位打者、
4番を打つほどまでになっている。
佐藤も高校時代は無名の進学校で3年の夏は地方大会の初戦で敗れているそう。
それが大学で実力を伸ばし、たった4年間でドラフトの目玉にまでなり、
日本を代表するホームラン打者へなろうとしている。
そして、育成出身から活躍している選手は多岐に渡る。
プロの気概で戦力逆転は可能だからドラフトの存在理由は達成されるので
なくなってもいいのだが、皆が楽しむイベントだからこれからも続いて行くのだろう。
ドラフトが大きな人間ドラマとして喜ぶコンテンツになったのは江川と
清原、桑田のドラフトが大きく貢献している。
このふたつによりドラマ化されたと言ってもいいほど。


