実力のある選手ほど行きたい球団には行けないのがプロ。
アマチュアは実力があれば、進路先は引く手あまた。
怪物ほどの実力があるとなおさらで、江川は三度も1位指名された。
一人で三度も1位指名されたのは後にも先にも江川だけだ。
本人の希望通りの時期にプロに行けていれば、
もっと大きな活躍を見せていたと思わずにいられない。
高校時代が一番速かったと言われるほど早熟と見ることができるから。
速かったかどうかの真偽はともかくとして
江川の実力を最も発揮できたであろう時に希望のステージで投げられなかったのは
野球ファンにとっても不幸だ。
つまりドラフトは野球ファンから最高の野球パフォーマンスを取り上げる
可能性がある制度とも言えることになる。
江川のような実力者のプロ入りを遅らせ、実力を削ぎ、
ファンが最も見たい最高峰の野球選手の活躍を見せないという本末転倒のドラフト。
公開で新人の働き場所を決めるという、人生の明らかなターニングポイントとなる催しであることから
観る側は自分の人生と重ね合わせ、野球ファンのみならず世間も興味を持つことになり、
矛盾を抱えながらドラマとして楽しんでしまう。
それは同時に新戦力が大量に決定する場、さらに将来のチーム形成の意思表示も見えることから
野球という実際の競技を見せるわけではないのに、ひとつのドラマにまでなってしまった。
CSもそう。
矛盾だらけの制度でありながら、短期決戦で勝敗が決まるところに
ファンはシーズンと違う興味を抱き注目している。
目先の試合で次へ進めるかどうかが決まるためプロがひと試合に
狂喜乱舞する姿がドラマとしてとらえやすいのだ。
かつてドラフトには逆指名があった。
制度がある前から逆指名という言葉はあった。
江川は巨人を逆指名したし、清原もそう。
多くの大物は希望球団を言って、それは逆指名だ。
こちらから希望しますから、ぜひ指名して、そして引き当ててね、という。
逆指名が制度となったころは、高校生にはその権利がなかった。
その理由が高校生には判断能力がなく、周囲に利用されてしまう恐れがあるからだそう。
高校生は就職活動する判断ができないらしい。
自分の進路を考えることができないらしい。
あきれるほど勝手な理屈でドラフト制度を堅持したいようだ。
逆指名で高校生に不相応の金が動き、周りが暗躍するからだろうが、それなら大学生も変わらない。
たかだか12社の中から選ぶだけだ。
しかも、これまで精通してきた野球でどれが自分にマッチするかを選ぶだけ。
どこに行こうと野球をやるということには変わらない。
一般の大学生が就職先を選ぶより鋭い見方を出来ると思われるくらいだ。
それでいながら、最後の決定方法がくじ引きだというのだから笑わされる。
これが高校生に最も適した人生の選び方と判断したのか。


