東東京の横綱・関東一は悲願の初優勝は投手陣の体力にかかる。
長く優勝がない京都として京都国際は左投手陣の充実は心強い。
鹿児島と青森は優勝未経験だ。
どこも緊張度はMAXだ。
優勝候補の筆頭と見ていた東海大相模が首都圏対決に敗れた。
東海大相模が初めて甲子園出場を決めたのは、現監督の原俊介監督の父親がキャプテンの時だったそうだ。
その時の監督は、いわずとしれた原貢監督。
原辰徳元巨人監督の父親で菅野のおじいちゃんだ。
原貢監督は九州の高校で指導者として甲子園出場し、東海大系列に請われ、
神奈川にやって来て就任3年で東海大相模を甲子園へ導いた。
原貢監督のもと、原キャプテンで甲子園初出場し、翌年には甲子園でも優勝し、
その後、息子の辰徳と共に甲子園で親子鷹として注目される。
辰徳は巨人ドラフト1位で4番を務め、監督にまでなる。
そして今の東海大相模は初出場した時のキャプテンの息子が監督を務めるということになる。
原俊介監督も巨人ドラフト1位だ。
そして原俊介監督は就任3年目で甲子園を決めて、男泣きした。
この東海大相模の原系譜はなかなかの因縁だ。
原貢・辰徳親子と原俊介監督に血縁関係はないらしい。
東海大相模とは全く関係ないが、同じ名前の因縁と言えば、桐蔭。
今や日本一の強豪となった大阪桐蔭は1991年に初めて甲子園出場している。
33年前の出来事でいわば新興のチームだ。
新興と言っても、その前は校名が違っていて、名選手がちゃんといる。
今中はその頃の出身だ。
大阪桐蔭はその大会で優勝した。
つまり、初出場初優勝だった。
ここを皮切りに最強チームへと歩んでいくことになる。
大阪桐蔭より前に全国に名を馳せたのは、神奈川の桐蔭学園。
ユニフォームも似ている両者だが、因果はないらしい。
どちらも一般生徒の学力は優秀な進学校だ。
そして桐蔭学園も甲子園初出場で初優勝している。
ここは因縁、というかおもしろい現象。
ちなみに原貢監督が九州で甲子園に導いた三池工業も初出場初優勝している。


