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格闘技は正面で身構え、アメフトは他所を見ている状況でタックルが飛んでくる 今週の出来事

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体の接触が許されているスポーツは、反則行為に対しては敏感だ。

本来、人を傷つける行為は犯罪なのだから、そういうスポーツの存在を許すのなら

厳密なルールを必要とし、ルールを逸脱しないために、精神を高めることが伴う。

 

生物は本能として暴力を持ち合わせている。

格闘技は、堂々と行われる暴力だ。

一方で生物は、情も持ち合わせ、理性によって暴力は良くないものという認識もある。

 

理性がはたらけば格闘技などいらないもののはずだが、本能が格闘技の存在を認める。

それに理由をつけてやるために、厳密なルールとそれ以上に精神性を貴ばなければいけなくなる。

 

初期のUFCは

総合格闘技の技術が浸透していなかったのでケンカのような戦いもあった。

そして、レフェリーも見方が未熟だったため、

気を失っている選手を上から殴っているのに、止めずにいて

観ている側が、それ以上やったら死んじゃうよと、目を背けたくなる試合があった。

技術に未熟な選手は、賞金稼ぎが目的で出場してきたのに、

打ちのめされたことで、皮膚の移植手術が必要となり、逆に大金がかかってしまった。

 

武士は、人を傷つけることを生業としたため、その正当性のため精神を高める武士道が必要だった。

相撲や柔道、剣道は”道”を含めて人生観と一体にしないと

人を傷つけるのに理屈が通らないから精神を高める武道になったのだろう。

どれも人を傷つけることを正当にするため、礼を重んじ、

心技体を高め、人の道を究めるための武道へと昇華させた。

 

これにより、人の道としないとならなかった日本の武道。

武士も、人を傷つけることを生業としていたため、

卑怯を憎んだり、主君に尽くすことが徹底されたり、自分が死ぬ潔さを美として奨励されたりという

精神の昇華がどうしても必要であり、教養を積んで行くことが生きる道となったのだろう。

 

アメフトは、日本の武道のような精神性ということばではなく、

スポーツマンシップということばであらわされる。

人を傷つける可能性があるコンタクトスポーツは当然、これを大事にする。

アメフトは格闘技よりも危険とも言える。

格闘技は、1対1で相手と正面に対峙して身構える。

アメフトは、他所を見ている状況でタックルが飛んでくるため、

無防備となってしまうからだ。

だからルールの厳格、厳密と同時にスポーツマンシップが重要となる。

 

以前、格闘技の世界では秋山がルールを無視しての暴力行為があった。

しかし、この時は出場停止程度で傷害罪にはならなかった。

来週へ続く。

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