国葬となったマラドーナに、国柄もあって大混乱となった。
ハンドを神の手へと昇華させたのは、そのあとの5人抜きがあったから。
ハンドに猛抗議したものの、完膚なきまでの5人抜きゴールをやられては文句も言えなくなってしまった。
フォークランド紛争の恨みがあったから、イングランド相手だからマラドーナも意識しての快哉だったのだろう。
お前らの国技サッカーでアルゼンチンの方が優れているのだと証明し、
完膚なきまでに叩きのめしてやる、と。
マラドーナこそ天才と言っていいのだろう。
アルゼンチンを優勝させ、ナポリを優勝させ、一人でプロの世界を牛耳った。
プロの世界で1人抜きんでた実力を示す選手はどの時代にもいるが、1人でチームを優勝させてしまったのは
マラドーナだけだろう。
団体競技を1人で勝利に導いたのだから、プロの中での超プロをさらに超越した
まさに神の子だった。
9歳からプロ傘下へ入団し、そこから人々の夢と希望を具現化していった。
生涯をサッカーを通して信者を導いた。
アルゼンチン国民にとってマラドーナとは神からの賜物だった。
南米においてサッカーは国技である以上に生活そのものだから、その中へ産み落とされた神の子だったのだ。
神の子なのに、麻薬に手を出し、マスコミに発砲しても
神の子だからこそ、咎めは少なく、崇められたままだった。
だって神の子だから。何しようといいんだ。
マラドーナがボールを持つと、さて何をしでかすのだろう、何を見せてくれるのだろう、と
ワクワクしたものだ。
ところで5人抜きとされているが、最初のパスをうけてからのツータッチ目でかわした相手は
アルゼンチン陣側にいた。
つまり、マラドーナの進行方向より後ろにいて、そこからボールを奪おうと詰め寄ったのを
マラドーナはかわしたのだ。
だから抜いていない。
あのゴールは4人抜きだ。
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