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若気の至りに対してそれまでどんな生き方をしてきたのか年寄

高齢者の運転資格辞退、免許証返納が進んでいるそうだ。

乗らなければ、当然、事故は未然に防止され、事故数が減ることは間違いないが、

だからと言ってなくなるわけではない。

 

車がなければ生活できないから取り上げるのは無理という話を聞くが、

車がなくとも、生活はできる。それが行政の仕事だ。知恵を出せばできる。

車がなければ生活できないなどと、言うこと自体が恥ずかしいことで、

考えることをやめただけ。原始、車などなかった。

 

事故を起こすのは20代の方が多いらしい。

これは若気の至りだ。

自分の事しか考えられないことを若気の至りと言う。

若いと、血の気が多く、これをやらないくらいなら死んだっていいとさえ

思うから、自分の思い通りに事を運ぼうとする。

 

それを脱した年齢になれば、人の痛みがわかるし、人のありがたみがわかる。

そして穏やかな人との交流が心地よいことを知るから他人の事を慮る。

他人のいやだなとか、下品だなとか、みっともないなとか、いう言動を鑑にし、

自分の行動を戒める。

だからそれに反することを若気の至りの象徴となる。

 

ところが、高齢ドライバーの不始末は、今までどうやって、何を学んで生きてき

たのか訝しがりたくなる。

年寄気の至りだ。

 

たしかに、自分より年上の人がいなくなり、いい歳こいて下の者に気を使っていられない。

だから、そこは普通の感覚であり、年配の人を敬うのは当たり前なので、

それはそれでいいのだけれど、それを人を傷つけることにまで至ってしまうことには

思い上がりと言える。

 

人を傷つけるかもしれないという意識が生まれないのは、

その想像すらできないのは、それまでどういう人生を歩んできたのだろうと

思わざるを得ない。情けない歳の取り方だ。

 

池袋の殺人の運転手は、人の手を借りなければ、ちょっとした段差も上がれない

ほどの映像を見た。そんな人が運転しようと思うか?

この事件でのケガでそうなったのかもしれないが、普段から杖を使っていたと

いうのだから、思い上がりだろう。

結局、歳をとっても配慮はできなく、自分の利益を優先することでの悲劇だったのだろう。

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