毎日野球コラム - 野球コラムサイト -

今日生き延びても明日はわからない究極の時間

無料メルマガ

真珠湾攻撃は12月8日。今月で丸79年となった。

真珠湾攻撃を出来事として実感している人は少なくとも90歳は越えていることになる。

ということは存命の人の方が圧倒的に少なくなったことになる。というより、生の声で

表現できる人はほとんどいなくなったと言っていいことになるわけだ。

 

江戸時代は武士はいたが、戦がなかった時代だ。

赤穂浪士でさえ、戦がなくなってから100年以上が経っている時代だ。

武士の時代と思っている現代から想像すると、意外に思われ、今から先の戦争が終わったのが75年前だから、

当時の方がもっと安寧の時代が経過していたことになる。

そういえば、赤穂事件も12月か。

 

戦後75年、安保闘争や共闘というのがあったが、今を生きる人のほとんどが命を賭した経験がない。

戦争中の人達は、まさに目の前に死があった。今日、生き延びても明日はわからないという人生としては

究極の時間だろう。

 

先の戦争において前線で命を落とした多くが大正生まれのエリートの人達だ。

指導者の多くが明治の初旬から中旬に生まれた人たち。

世代の違いがあるので感覚の違いがあるはずなのだが、明治生まれの人達の感覚で最悪の世の中へと

導かれてしまった。

 

明治生まれの人達は戦争だらけの人達は先輩が明治維新を経験した人たちで、富国強兵の

真っただ中に生まれた人たちだ。

そして、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦と抗戦が当たり前の世の中を過ごしてきた人たちなのだろう。

だから、道を切り開くとは戦争によるものだと念頭にある。

 

戦争を決意した時、白人の侵略に断固立ち向かう、指をくわえて戦を拒否しようとも

侵略されれば、殺戮と強奪の憂き目にあうのだから、戦わざるを得ないと疑いを持つ人はいなかったのだろう。

しかし、この目論見は外れていた。

敗戦で連合国がやってきて、その時は怪物に我々はどうされるのだろうか、と恐怖に不安の日々を

過ごしただろうが、結果は大繁栄の道へと進んだ。

勝っていたらアメリカの庇護は受けられず、その繁栄はあったのだろうか。

戦わないことを選択してアメリカの属国となっていても今の世の中がもたらされたのではないか。

そうすれば、数百万という命は失わずに済み、優秀な人達が残ったことになり、さらなる繁栄が起きたのではないか。

今、日本が世界を引っ張る立場になっていたかもしれない。

 

この時の戦争という判断によって現代を生きる私たちが隣国の脅威におびえる79年後を形作っている。

もはや戦後ではない、は強弁だ。

野球情報メールマガジン

https://twitter.com/yakyucolumn

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

傑作コラム

TOP