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間違った認識で良しとされる錯覚

高校野球は予選がはじまり、地上波でも戦いの模様を伝えている。

 

この時期はまだ始まったばかりなので、伝えられる試合は

公立校同士の戦いやレベルの低い戦いがほとんどだ。

 

神奈川は超激戦区で190校の中に全国でも名の知られる高校が

たくさんある。

 

神奈川を制する者は全国を制す。とは昔言ったもので、

この強豪校揃いを見るとうなずけると同時にこの中から1校だけというのは

せめて東西なり南北なりに分けないと厳しい戦いとなってしまう。

 

公立高校がいきなりノーシードの名門とあたってしまったり、

名門同士の一回戦なんていうのもめずらしくないものとなっている。

 

昨日は、

横浜商大対横浜隼人という甲子園出場経験校同士の1回戦が、接戦を演じ、

藤嶺藤沢対平塚学園という、こちらも甲子園出場経験校同士の1回戦があり、

平塚コールド勝ちという結果になった。

 

予選こそ高校野球というものの

あまりに激戦過ぎて早すぎる夏には、気の毒に感じざるを得ない。

 

そんな中、公立校同士の戦いでは、

お互いに凡ミスをし合う、おなじみの光景が繰り広げられ、

同じ1回戦でもレベルの差が歴然としている。

 

その中継で公立校を紹介する際、耳にする

全員野球という言葉がある。

 

耳に入るその響きは心地よく聞こえ、

高校野球の鑑とされるむきのある精神だ。

 

要所要所で選手の個性を発揮し、チームとして最高の結果を出す。という意味では

野球のみならず、スポーツ全般、あるいはあらゆる組織において

最も奨励すべき方法である側面をみせる。

 

しかし公立校が標榜する全員野球は、部員みんなに平等の練習を課し、

ベンチに入らない人間も含めてやる野球という意味で、これでは強くならない。

 

その理由は、

野球はピッチャーで勝敗が決まること。

全員に同じ練習を課していては、可能性のある人間の成長を阻害しかねないこと。

にある。

 

さらにほかのスポーツとも比較して見てみよう。

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