ホームランはそこに来なければ生まれない。
大谷が昨年の今頃、WBCの壮行試合だか強化試合で打った2本のホームランは、
ひとつが膝をつくようにしてのもので、もうひとつがバットを折ってのものだった。
最初のホームランは変化球がいい所に落ちていったが、異次元のバッティングでホームランとした。
ピッチャーとしては失投ではなく、むしろベストピッチとさえ言えるものだった。
この球なら空振りか内野ゴロが関の山という内容だった。
おそらくこの球ならホームランにされたことなど経験したことがないだろう。
ヒットさえあるか、ないかほどの球だった。
そんな大谷でもしょっちゅうそんな球を打っているわけではない。
やはり、失投を仕留めたり、甘い球を逃さなかったり、飛距離が出る球を打っている。
ホームランは打者が甘いと思える球でなければ生まれないのだ。
とすると、周りの打者にも力がないと増えないことになる。
そこに投げてもらえないからだ。
まわりの打者を気にしなくていいなら、ストライクを投げる必要がない。
あるいは、ヒットならかまわない、という配球ができる。
同じことはピッチャーにも言える。
味方が点を獲ってくれるチームなら大胆に投げられる。
巨人で203勝の堀内と大洋で201勝の平松の価値はよく比べられるところだ。