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一所懸命やろうがやるまいができちまえば天才さ

自分を天才という人が少ないのは、自慢は下品だから控えるのと、たいがいが自分のすることは

自分の考えや感覚の範疇でこなすものなので、特別のことと思えないからだろう。

 

他人の目から見た方が、その能力の高さを感じ取れ、だから他人が天才と称する。

人は人を言うに躊躇しないから天才という言い方は頻発される。

 

すると、そう言う人が多かったり、言う人もまた実績があったりすると、その天才という

言い方に真実味がおび、天才に箔がつく。

今度は世の中に流布される。

 

天才とは天賦の才能だから、何もしないでできちゃえば、間違いなく天才だ。

ただ、精魂込めて時間をかけて人より優れた才能を獲得することも天賦の才能といえようから

それも天才でいいのだろう。

 

天才過ぎる男たち10選とか言い出すメディア記事を目にすると、

10人も天才がいるのかよ、と突っ込みたくなるがそれでもいいのかもしれない。

 

努力しない江夏はやっぱり天才なのだろう。

それだけでなく、他人を寄せ付けない剛球と記録があるからそりゃ天才だ。

 

思いもしなかった発想で実績し、その後まねされても、真似できない技術。

 

また、見えている世界が他人には理解されない、いやいやそうじゃねえよ、なんでわかんねえんだよ。

 

予見できる。そこが悪いよ、それじゃこうなっちゃうよ、これならこうなるよ。

 

そして、何も考えずにずっとやれる。

 

イチローや落合や長嶋を見ていて思うこれらの能力はどうにもならない、手の届かない天才か。

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