高校1年生の頃から名門、桐蔭学園で3番を打ち、2年連続甲子園出場した高橋由伸。
2年生の時はピッチャーも務め、サヨナラのマウンドにいた。
慶應大学でも1年からレギュラーで全試合フルイニング出場するという偉業を達成している。
さらに六大学のホームラン記録を更新までした。
巨人ドラフト1位で入団からも常にスポットライトを浴びる道を歩んだ。
マスクもいいので人気は当然上がるし、マスコミの取り扱いも特別だ。
大学時代は明治に川上がいた。
由伸は六大学時代、川上をよく打ったが、プロ1年目は川上から全くヒットが出ず、
結局1本のヒットがホームランとなったものの、新人王を川上に譲った。
引退後はすぐに巨人監督。
というより、監督になるために引退。
絵に描いたようなエリートだ。
高校1年から大学を経て、プロでも常に一線で活躍を続けてきた。
本人にとって落ち込んだ時や挫折の時もあったのかもしれないが、
これ以上のエリートコースはない。
ところが、このエリート街道に似ている選手がいた。
由伸のひとつ年上の井口。
国学院久我山2年生の時、3番ショートで甲子園出場。
この時の西東京予選でホームランを量産し、一気に注目を集めるようになった。
青山学院大では小久保の3年後輩。のちにダイエーでもチームメートとなる。
学生NO.1野手としてオリンピック銀メダル。
大学日本一、東都リーグ三冠王。
シーズン8本塁打のリーグ記録。
通算24本塁打の東都記録。
由伸の六大学通算23本と酷似する。
ダイエードラフト1位。日本一。
海外へ移籍し、ワールドシリーズチャンピオンを経験。
日本でもアメリカでもチャンピオンを経験した選手になった。
2000本安打を達成し、名球会入り。
高校時代に甲子園に出場し、大学では日本一になり、ドラフト1位で
日本一もアメリカ一も経験して名球会入りしているのは井口だけだろう。
そしてロッテの監督。
由伸とよく似た経歴だ。
1975年生まれは由伸世代だろう。
稼頭央世代とも言えそうだが、アマチュア時代の注目から由伸世代と言えよう。
しかし1974年世代は井口世代とは言わない。
それは、松井がいたから。
甲子園での活躍とあの5打席敬遠からの巨人の4番というインパクトには
どうしてもゴジラ世代と言わざるを得ない。
日本の野球は大学の野球から始まったと言っていいので、
大学での活躍がエリートと言うのによく似合う。
それも高校球界でも活躍し、甲子園へ出場する、という経歴も必須だ。
高卒でプロに入ると、どうしてもプロに慣れるまで出てくるまで時間がかかる。
その期間がエリート街道まっしぐらとはならなのだ。
松井はそうだった。
だからアマチュア球界をステップアップして行く選手がエリートという称号がよく似合うことになる。


