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初の3000本安打へ ヒットを重ねる右打者たち 再録

坂本は3000本安打の可能性が高いと思われたが、ここへ来て、ペースが急に落ちたという印象。

2000本を達成したあたりは脂が乗りきっている感があった。

たいがい2000本に近くなる頃は晩年であり、成績下降の中たどり着くということが多く、

レギュラーから外れ、それでも大記録をチームが達成させようと出番をつくる

というものだが、坂本は選手として充実している時に、2000本を超えた。

これを特に脚が速いわけでもない右打者でショートという過酷なポジションでの選手がやったら、

大変なことだ。

同じく脚がない右打者に古田がいた。

古田はさらに難しくなる条件として、大学から社会人を経て入団したという

高卒入団に比べ、6年も遅いことが挙げられる。

大卒→社会人からの選手で2000本安打を達成したのは、古田が最初だ。

落合は大学中退からの社会人。

右打者はヒットを重ねるのは左打者に比べかなり不利。

古田にも脚がないので、内野安打が、まずないことからしっかりヒットにしなければいけない。

ただ、脚が遅いということはその選手の能力なので不利な条件には数えられないが、

脚がない分、頭脳を含めたバッティング技術が高いということは言える。

そしてキャッチャーというポジション。

坂本のショートというポジションも大変だが、キャッチャーも大変だ。

キャッチャーは自分のことに集中できないポジションだ。

ピッチャーのことを考え、ピッチャー一人一人の性格まで配慮しなければならない。

ベンチにいる時も自分に打順が周ってくるのがわかっていても

試合の展開、相手打者について考える。

自分のバッティングについて考えられる時間が極端に少なくなるのだ。

チームの勝利が優先されるので、おのずと相手に点をやらないことに

神経は移ってしまうわけだ。

そして、キャッチャーは相手バッターのバットが一番近くにあること、

全ての球を受ける機会があること、

当時はクロスプレーには体当たりされること。

怪我が尽きないポジションとなる。

しかし、キャッチャーの場合、過酷ではある反面、長くやれるという利点はある。

経験がものをいうポジションなだけに育てることが大変で、歳をとっても

長く使われることになる。

また、脚の速さを要求されないポジションだから。

谷繁が2000本に到達し、最も試合数を要しての達成は、キャッチャーの特質からだ。

谷繁は高校時代、山陰の呂明賜と呼ばれスラッガーだったが、プロではそうではなくなった。

キャッチャー以外のポジションなら2000安打は越えていないし、

40を過ぎてもプレーできていない。

ここは坂本のショートとは異なるところだ。

ショートは機敏さが求められるので、どうしても若い選手がそれにとって代わってくる。

ショートを守っていた選手がサードに回されるケースが良くあるのはこのせいだ。

ちなみに古田は高校時代、無名の公立校だった。

同い年には同じ兵庫に池山がいた。

池山は高校代表でも4番を打つスターだった。

かたや古田は無名公立校から立命館を一般受験し、野球を続ける気すらなかったそう。

そこから大学では日本代表までになるも、ドラフト指名なし。

社会人を経由してやっとヤクルトに入団した。

ついにあの池山とチームメートになることで、肩を並べることとなる。

そして、プロでの実績は池山を上回ったと言っていいだろう。

坂本はショートという負担の大きいポジションで右打者。

古田はキャッチャーという過酷なポジションで右打者、さらに大卒→社会人を経由。

一方、谷繁はキャッチャーであったために長く現役を続けられた。

2000本安打達成の選手にもいろいろな特筆すべきことがあるわけだ。

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