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バッターボックスの白線を消す行為

試合前にはグラウンド整備をする。

甲子園球場はグラウンドの管理を阪神園芸という業者が取り行っているのは有名だ。

阪神園芸は手際のいい作業と、寸分狂わない同じ状態、グラウンドを歩いて通るのに

足跡すら残さないというプロの技はそりゃ見事だ。

 

甲子園球場に限らず、試合の時はグラウンドをならし、白線を引き、水を撒く。

だが、打者が足場を固める時、足元の土を掘ったり、大きくかき出したりする。

打者の技の1つとして白線を消す行為もある。

白線を消すことでストライクゾーンを分かりにくくさせたり、足位置をあいまいにさせたりする

効果があるそうだ。

 

高校生にもこういう戦術があるそうだが、戦術である場合はわざと、ということになるわけだが、

白線が消える行為の多くが、わざとではなく足場を作っている際に土を大きくかき出してのものだ。

高校生としては勝つことに集中している中で、最高のパフォーマンスを出すための所作なのだろうが、

この行為に対して、最近、注意の通達がなされた。

これは当然だ。

以前から、見ていても嫌な気にさせられる行為だった。

 

グラウンドを整備し、白線を引き、水を撒くということは、高校生たちのために

舞台を整えてあげているということだ。

それをさっきやったばかりなのに、1回表から白線を消すようなことはそれをやってくれた人達のことを

考えていないということになる。

自分たちの活動を助けてくれている人たちへの配慮がたりないという教育の一環である高校野球の精神に反する。

勝利を目指す、一生懸命やる、ということと同様に大切にしなければいけない精神だ。

自分たちの活動に関わってくれる人達へ思いをはせるということは、高校野球の存在意義だからだ。

 

東京の表参道は街を整備しようとする配慮がなされている。

ハイソな街の創造の為、歩道を広くつくり、植栽で飾り、とそれを守るガードレールが構えられている。

この建築、維持だけでも相当なお金がかかるはずだ。

その植栽を囲うガードレールには、高さがちょうどいいのでベンチの代わりのように

多くの人が座る。

ガードレールの意味は植栽を守るということだ。人が座るためにあるわけではない。

作った時に、座る人もいるだろうということは予想できただろうが、作る意味はそのためではない。植栽を守るためにつくった。

座る人たちはそこへの配慮がない。そこはお前たちが座るために作られたわけではない。

そこへ毎日、多くの人たちが座ることで負荷がかかり、耐用年数が縮まることになる。

そこへ座る人の多くが他所から来た人たちだろう。そこへの税金も払わない人たち、つまりそれを作るに

何も貢献していない人たちがそこをベンチにし、街並み創造を壊していく。

白線を消す行為はそういうことに通ずるわけだ。

明日へ。

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