校歌逝唱なる造語があるそうで、甲子園で敗けたチームが校歌を唱って去っていくシステムの
提案だそうだ。
情に訴えるこういうことには、そりゃいい、と言う人が必ず一定層出てくるものだ。
勝負の世界には情を持ち出すと、成り立たない部分や矛盾が多く起きうる。
勝負は勝者にスポットが当たり、勝者への栄光が輝けばいい。
敗者は敗者としての現実を受け止めて次の一歩を踏み出すことも人生だ。
ただ、高校野球は勝負の世界ではない。
本来はただの高校の部活動だ。
しかし、選手にその意識はない。選手は勝負の世界にいる。
相手をやっつけることを目的としており、勝負に集中している。
だから、選手からすれば、敗けたら、そんな情などいらない。
選手がよく口にする、「甲子園で校歌を歌いたい」という表現は歌いたいのではなく勝ちたいという意味だ。
勝った上で母校の校歌を高らかに響かせて初めて意味がある。
オリンピックで日の丸を掲げたい、国家を歌いたい、というのも勝負に勝ちたい、という意味だ。
選手は負けて歌いたいなど誰も思っていないし、学校関係者もそれで歌いたいとは思わない。
そして勝ったチームの校歌を聞くということが勝者への敬意だ。
オリンピックでセンターポールに国旗があがるというのも、金メダリストへの敬意であり、
その金メダリストを生み出した国家への敬意だ。
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