それにしても豪華面子だ。
単独チームではありえない面子こそ代表チームだから、世界戦はワクワクが止まらない。
プロリーグのオールスター戦もそういう事で始まった。
アメリカの少年がリーグの違うスターの対戦が見たいという投稿からはじまった。
それを国際戦という形で現実になった今、これが最高の野球だ。
今の選手は皆、子供の頃にこの大会を見てきた選手たちだ。
だから大谷、吉田、鈴木も自チームでの調整を放ってでも参戦してきた。
自重した森の判断も普通の事だ。
移籍一年目で結果を求められる境遇ではオリックスファンのために国内での調整に専念することを選んだ。
これも球団とファンのためのプロの判断だ。
イタリアは「ロースコアに持ち込みたい」ということだった。
この表現はよく使われるが、持ち込みたいのじゃなくて、うちは点獲れないから
点をやらない野球をやりたいということだ。
自チームの得点はいくらあってもいいわけだから、わざわざロースコアを好む人はいないから。
点を獲ることを嫌がる人はいない。
粘りたい、堪えたいと言えばいいのに。
ロースコアに持ち込みたいというのは格下が言うセリフだ。
うちの方が、実力が上だと思えばそんなことは言わない。
実力が上だと思えば点をさほどとられないとわかっているから、自分たちのプレーを
存分に発揮することを第一に考える。
ロースコアに持ち込みたいとは点を獲られないことを願うという意味だ。
ロースコアゲームと言うと、お互いに点が数点しか、あるいは全く取れず均衡した試合を指す。
うちは点を獲らないから、あなたも獲らず、緊張感のあるゲームを楽しみましょうというメッセージでもなかろう。
本意としては、うちはどうせ点が獲れないから、相手をなんとか抑えて接戦をしたい、
食いついて行きたい、といったところになる。
それならば「ロースコアに抑えたい」の方が正しい言い方に思われる。
「持ち込みたい」という言い方だとこっちの点が獲れないこともどうでもいい、とさえ聞こえる。
だから、言い方としては「ロースコアに抑えたい」「〇点までに抑えたい」「ロースコアゲームになればうちにもチャンスがある」
といったところか。
だからと言って、ロースコアが得意なわけではない。得点が多く獲れるわけではないから
ロースコアでなければ勝機はない、ということだ。勝つ試合はいつもロースコアとか、
負ける試合には大差もあればロースコアもある。
投手陣と相手打線を見比べて、そういう結論になるわけだ。