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日本はいつの時代も罰を用意するのが好き 再録

キャンプの様子を伝える中、遊びを交えた練習風景を目にする。

日本のスポーツ界は若年からプロに至るまで、いまだに罰ゲームを取り入れている。

この罰ゲームを目にするたびに首をかしげてしまう。

 

課された練習を対戦式にして負けた方がこの罰を受けるわけだ。

あるいは、課題をクリアできないと罰が用意されているなど。

そこで用意されている罰というのが、ランニングだったり腕立て伏せだったり。

 

でも、これ罰なのか。

お金を払うとかいうなら罰のように思われるが、ランニングや腕立て伏せは体が鍛えられて、

キャンプの目的に合致する。

罰を受ける方が練習いっぱいできて充実しそうに思われ、ご褒美だ。

 

罰を受けない方は、必要な練習が足りなくなりそうだ。

その分、ランニングだったり筋トレをやらなきゃいけなくなり、と

なれば、結局、勝とうが負けようがどちらも同じことをやることになる。

 

そうでないのなら、必要な練習以上の肉体疲労を罰ゲームでは課されて、

「ハアハア」と息切れさせるとか筋肉の過労によりつらい思いをさせることが

罰としての目的なのか。

 

そうなると、本来のキャンプの目的を逸脱してしまう。

キャンプの目的は、シーズンで戦う体と技術の獲得、

チームとしての戦術を高めることにあるはず。

 

決められた期間で、シーズンに向かうよう計算されて調整されるはず。

それは、選手1人1人ちがうもの。

 

罰ゲームで腕立て伏せをやらされたら余計な筋肉を使って疲労が残り、

翌日の調整に影響し、調整失敗するじゃない。

余計なランニングで過度な疲労が残り、ケガにつながるかも。

チーム戦力をそぎ落とす行為であり、キャンプの目的を逸脱している。

 

罰ゲームを取り入れることで遊び要素を含ませ、練習に強弱、笑いを混ぜて

リラックスした中でストレス解消させ、

その上で鍛えられるようにする効果があると思っているのではあるのだろう。

 

または、罰ゲームがいやだから一生懸命集中してその練習に取り組み、

パフォーマンス向上に役立つという考えかもしれない。

 

しかし、罰ゲームが肉体をいじめるような内容なら、過度なトレーニングとなるか、

必要な練習のどちらかにしかならないと思える。

 

過度なトレーニングなら回避すべきだし、

必要な練習なら罰ではなく、やらなければいけないこと。

どっちにしても罰としての意味がないということになる。

 

30本ノックを連続して成功させなければ、最初からというものも目にする。

成功しようが、失敗しようが必要な分を受ければいいと思うのだが。

それとも、失敗したら最初からという罰が用意されているから、緊張感をもって

実践に近い形でできる効果があるのか。


だとしたら、失敗した時、笑っていたことが理解できない。

緊張感はなく、実践からは程遠いものだ。

 

観客に楽しんでもらうためのファンサービスか。

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