野球では何度となく聞かされる流れ。
誰も定義することなく、堂々と使い、聞く方もなるほどと納得できた感覚になる習慣。
2025-1-9 幾度となく聞かされる「流れ」というフレーズ
高校野球の放送では特に幾度も聞くフレーズだ。
流れは、こっちにある。
じゃあそっちが勝つのですね。
それは分からない。
流れを引き戻せばわからないから。
じゃあ、結局、流れなんてないのじゃないか。
それが試合でしょ、それが勝負でしょ、それが実力でしょ。
お互いに勝つための攻防をしている結果であって、流れで済ますものじゃない。
ビジネスやマーケットの世界では流れを読むことが大切だ。
世の情勢、人々の心理を読んで資源を投下していく。
値段が上がる、とか売れると思っていた人が、下に転ずる、あるいは買われない、
という結果は流れに負けた、ということでよい。
世の中には値段を下げたい人や買いたくない人もいるからだ。
野球の世界では、そこに参加する人たちは勝ち以外目指さない。
勝とうと、相手を負かそうとする者だけが相対しているのだから、それは
「流れ」ではなく、勝負であり、実力が結果を決める。
「流れ」を根拠に解説とするなら誰にでもできる。
神様の仕業と言っているのと変わらない。
神奈川決勝の横浜と東海大相模というレベルの高い戦いでは
拮抗する実力者同士の展開に、解説とされる人は
「あの場面で、あそこに落ちなければ流れが行かなかったし、塁をためたここで点をとれなければ、また流れを離してしまうし、本当に野球っていうのはわからないですね」
なんだ、それは。
結局、実力伯仲だから接戦になっているということだ。
点が入らなかったり、奪ったり、阻止したり、与えちゃったり、それが試合だ。
またつづける。


