「流れ」にも種類がある。
試合の展開や雰囲気、やる気、経過、状況といったことに対して、
結果論までを全て「流れ」の一言で集約するからおかしくなる。
九回二死ランナーなし、10点差では逆転の可能性は小さい。
「流れ」は完全に守っている側にある。
この場合の「流れ」はこれまでの展開であり、今の状況だ。
10点差になるまでピッチャーを多く投入し、あらゆる策を講じたが2桁獲られたことが想像できる。
攻撃も勝つために追い上げなければいけないから、真剣にヒットを打とう、つなげようなど
意欲を持ったが、思うように行かなかったことが想像できる。
このような展開のことを「流れ」と表現することがあり、それは「流れ」が一方のチームに
あるから「流れ」でいいだろう。
それは実力のことを指すからだ。
ただ、先述した「一球目がストライクだったから試合の流れが決まりました」とか
「あのファインプレーが流れを・・・」「ジョックロックが流れを・・・」
などのことも一様に定義のない「流れ」という表現を使うから、
「流れ」は存在するものと浸透し、それは正しいものと浸透してしまった。


