ピッチクロックの導入が日本でも取り上げられている。日本は全てアメリカを追随するから、アメリカの野球がよしとして、長くルールとなっていれば、日本にも導入されることになる。日本独自で世界を先導したことはおそらくない。日本はピッチクロックよりイニング間の制限時間をルール化したらどうか。
バットを太くして当たる確率を高めても、意図したところよりバットの上に当たればファールやフライになるし、意図したところより下に当たれば内野ゴロになるだろう。根元や先なら強い打球にならいし、芯に当たっても差し込まれればヒットコースにあまり飛ばない。それなら当たらずに空振りの方がいい、という発想になる。だからバットが細くて当たる確率が落ちたとしても、強く打て、操作性が増すのならそちらの方が良いはずだ。
ピッチクロックよりイニング間を短くする方法を提唱したのはイニング間は勝負していないからだ。イニング間が間延びは早くしろ、と思うが、ピッチャーの間合いは思わない。ピッチクロックが適用されるシーンはインプレー中だ。この時、ランナーがいれば走ってもいい。また、バッテリーと打者は駆け引きをしている。野手もそうだ。ピッチャーは時間制限があるが、早くセットしてもいい。それも戦略だ。
2025-7-4 続・ドラフトに人生を翻弄された清原 珠玉の人間ドラマ 再録
最後の最後、清原引退において見事な完結を見せ珠玉のドラマとなった。オリックスのシーズン最終戦、清原の引退試合となった相手はソフトバンクだった。あの、ドラフトで裏切られ、プロ入り後は、なるべく会わないようにしていたという王が監督のソフトバンク。若い頃は王の後ろ姿にアカンベーをしていたとも聞く。試合前に、清原へ花束を渡した王は「来世、生まれ変わったら、同じチームで俺とホームラン競争をしような」と声を掛けた。同じチームで、と言っているところに、あのドラフトを王も気に掛けていたことがよくわかる。そして、「俺とホームラン競争をしような」これ以上の言葉はない。王貞治でなければ言えない言葉であり、王貞治が言うから響き、王貞治だからこそ最高のひとこと。しびれるなんてことばじゃ陳腐だ。こうして、15歳から始まった清原の稀有な野球選手としてのドラマが完結することになった。


