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高校野球は高校生の野球の勝負や技術の進展を目的としていない リクエスト制度導入Ⅰ

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木曜連載としてリクエスト制度導入による判定の仕組みの検証をするということになった。

それを記したのが2018年6月14日。⇒プロ側はリクエスト制度で判定に関するひとつの答えを提言した

 

この場では何度も審判制度について触れてきており、

それが今季から導入されたリクエスト制度という形で一旦の回答をもらったことになる。

このリクエスト制度とは監督から異議があると、機械によるリプレー検証が可能となる制度だ。

 

この場で記してきたのは、「ものいい」のような制度がいいということだった。

機械を神ととらえることを嫌い、判定を下す審判以外にも

相撲のように4人、5人といったプロが同時に、そのプレーについて判定が下せるように配置して

協議の上で判定を下せばよいとしていたのだ。

プロがそれだけ集まり、落ち着いて出した判定はそれで納得いく。

 

チャレンジ制度ができ、リクエスト制度が導入されたということは

審判は間違えるということを認めていることになる。

 

1人の判定に任せても間違いが起きることを万人が認めているから導入されたわけで

人間の一瞬の判断に責任を負わせている限り誤審はなくならない。

これは、審判個人の責任や審判個人の技量の問題ではなく、人間の能力の限界であるから仕組みの問題なのだ。

 

人間だから必ず間違える。

どんなに修練、鍛錬をして熟達しようと間違える。見間違えるとも言える。

判定をすべき一瞬にゴミが目の前を横切ったら適正な判定はできないだろう。

熟達しても、加齢とともに判断力が鈍ってくるだろう。

 

‟闘将”星野が亡くなったことで、その星野の特徴を振り返る映像として

審判へ体当たりしたり、激しく抗議しているシーンを目にする頃があった。

選手とともに監督がその判定で審判を貶めるような態度は間違っているのだ。

審判は、正確な判定をして当たり前という仕組みになっているので、多勢に無勢、一気に非を受ける。

そして、野球ファンもそこへ加勢していくことになる。

 

だから、最近の監督、特に栗山は判定に納得行かないときは文句を言うのではなく、

説明を求めるかのように審判へ近づく。

納得いかない、ファンにこのまま続けることを見せられないからというかのようだ。この態度が正しい。

 

高校野球では、判定の間違いだらけでも抗議が許されない。

そして、幅を持った判定をきっと高野連が進言している。

そもそも高校野球は高校生の野球の勝負や技術の進展を目的としていない。

教育の一環であり、

最高パフォーマンスの発揮より、規律に沿った行動を求め、

そして、人間形成、教育として野球を利用しているにすぎない。

 

したがい、そもそも正確な判定にすることが改善ではないということになる。

高校野球は正確な判定などというものより、また勝ち負けを正確にすることより

これまでの慣習にしたがった高校生の精神の成長を主眼としている。

野球技術の向上やプロを目指す選手を阻害しようとも、そちらが大事ということだ。

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