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闘いに祈りを捧ぐ 池江璃花子からの報せ 白血病のアスリートⅡ

池江璃花子の白血病を受けての3つの壁。

2つは昨日記した。

2019-2-13 池江璃花子からの報せ 白血病のアスリート

 

3つ目が彼女の競技が個人競技であり、さらにタイムを競う競技だということ。

メディアでは安心させる材料として過去にも白血病から復活した人達を紹介している。

その中の多くは、サッカーやラグビーなど対戦型球技の団体競技だった。タレントもいた。

 

しかし、彼女の競技は水泳というタイムを競うということ。

それは、コンマ何秒を競う世界であるため、とても繊細な調整や激しいトレーニングが要求される。

1秒縮めることに大変な研究と労力を必要とされる反面、

競技から離れることでタイムを落とすことはあっという間だ。

 

タレントであれば、病気が治れば仕事に復帰できる。

相手と点を争う対戦型の競技であれば、自分のコンディションが不十分でも相手の弱点をつくとか、

相手がミスをしてくれれば勝つことができる。

野球では全盛期のイチローが高校生の投球をミスショットする可能性が充分ある。

また、道具を使うスポーツであれば、その道具が成功に導いてくれる可能性がある。

バットという道具が目をつむって振っても、当たってしまえばヒットになる可能性すらあるのだ。

 

2日酔いや徹夜でも勝つことができる道具を使うスポーツと水泳ではわけが違う。

水泳は肉体だけで勝負し、相手となるのはタイムだ。

別のレーンを泳ぐ選手との競争ではあるもののタイムを争う。

コンディション不足で結果を残すことは不可能な競技だ。

その日の状態に関係ない、冷徹なタイムと勝負する。

さらに、団体競技なら自分のプレーに不満足であってもチームメートとの協力で勝つことができる。

個人競技は頼ることができるのは己のみだ。

コンディション不足、練習不足でどうにかなる競技ではない。

 

ギリギリで勝負するトップアスリートとしての池江が置かれた状況は目の前を真っ暗にさせる。

池江の心中を慮ると、気の毒でならない。

最初にこれを知った時は悲嘆に暮れたことだろう。

いや、発表された彼女からの告白は気丈なものだったが、今も落ち込みの度合いは計り知れない。

 

見ている方は、オリンピックなど期待しない。

選手としての復帰に期待するが、それを強いることはない。

今は、ただ治って彼女に笑顔が戻る人生を祈ることになる。

 

治療に専念してというのも無責任な言い方だ。

1流アスリートの彼女からしたら、その舞台に戻れない気落ちは、

その舞台に立ったことのない人間のそれとは別次元のものだ。

まずは、治療と休養で治してそれから、などと悠長な言い分は勝負の世界には通用しない。

人生は水泳で世界一になることだけではないが、これまでそのことに人生を賭けてきた人に対して

まずは病気を治して、それから復帰してもらいたいなどと安易な言葉は用いられない。

本人、身内以外の人間は、彼女の闘いに祈りを捧ぐ。

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