どのスポーツも攻撃と言われるものは得点するためにある。
野球において攻撃の代表はバッティングだ。
バッティングは確率の積み重ねか一気呵成の大技がある。
確率とは打率であり、大技とはホームランだ。
門田は高校時代ホームランを打ったことがなかったそうだが、プロでは歴代3位となるほどの
ホームラン打者となった。
小笠原も高校時代、ホームランを打ったことがなかったのに、ホームラン王を獲得するほどの打者になった。
プロの打者なら誰でも100メートル先に飛ばすことくらいはできる。
身体の小さい打者でも練習ではスタンドインさせるし、イチローが練習でホームランをバンバン
打つことは有名だ。
試合でホームランが出ないのは確率が下がるからやらないのだ。
ホームランが出ないと言うより、出さない。
100メートル先まで飛ばすには、そのための打ち方をしなければいけない。
フェンスを越すイメージを持って、そういう身体の使い方をする。
すると、確率が落ちる。凡打の可能性が高まる。不確実性が高まる。
それはホームランの確率は高めるが、ヒットの確率は下がるのだ。
バクチの打ち方と言えよう。
不本意な打ち方でもフェンスを越えちゃうのはホームランバッターだ。
例えば詰まったり、振り遅れたりしてもフェンスを越えることがある。
いくらヒットを打つ高打率の選手が一人いてもつながらなければ得点に至らない。
攻撃は得点を目的とし、ヒットを打つことではない。
それに対してホームランは一人で得点が可能となる。
だからホームランには賛辞が大きく与えられ、その気持ちよさから打者はホームランを打ちたい。
どういう打者になろうか、と思案し、ホームランの数が増えるようだとそちらに傾き、
ホームランがどうもそれほど出ない、と思えば確率を求める。
あとは脚があり、ヒットが打てる技術がある、と思えばホームランを狙わない打者を目指すだろう。
ホームランを打てるうちはホームランを打ちたいものだ。
だからと言ってヒットを打っているのに使われない打者はいない。