道具を使わない個人競技は名門にいる必要があるのだろうか。
例えば、陸上競技は走るということならどこでもできるから、
最も名門に所属しなくてよいように思われる。
道具を使わない競技も名門はあり、そこへ入る理由は環境が整っているからだ。
環境とは指導者、設備、近くに実力者がいるということだ。
指導者はその人に本当に合うかは運だし、
今は情報が多いからそれほど重要でないようにも思われる。
設備は科学技術による分析で自分の長所、短所を発見できるし、
人体機能の理屈がわかる。
これもいろいろ専門施設が各所にある。
とは言え、所属しているところは行きやすいし、意思疎通が柔軟だろう。
だが、陸上はアフリカ勢の長距離は若年の頃、身体能力を生かして
走り回っていることで強くなったように思うし、
道具の使用が少ないサッカーも貧困の南米は強い。
専門設備が必要になるのは抜きんでてきた実力者に用意すればいいことか。
近くに実力者がいることは、競技観が変わる効果がある。
目からうろこだ。
気づかなかった材料を得られ、真似しようと思う。
道具を使わない、個人競技にも名門があるのはそういうことか。


