素地のある選手たちに金をかけ、鍛えることでますます技術は身に付きやすく高みにたどりつきやすくなる。この循環により、そこへ意識が向く人たち、それは学校上層部、父母、OBの熱が高まれば、強豪校となって行く。かける金の差で環境に差がある高校生だが、同じ人間で同じ高校生の一発勝負という条件は一緒にしてある。ここに逆転の光明があり、下克上はここにある。
歌うことが応援なのか。それが力になるのか。来ては欲しいし、見ては欲しい。応援はありがたい。そこで歌ってほしいなどと思う人間はおそらくいないと思う。自分たちの鍛錬してきた野球を楽しんでくれ、感動してくれ、感心してくれ、とは思わんか。そう思ったら、見に来ている人は歌っている場合ではない。
2024-7-17 自分の成長を感じる瞬間 ある日突然できちゃった
教養とは知識による人格の陶冶。判断はしにくい。自分のステージが上がった実感にて確立。人格の陶冶が達成されれば社会に憂いはなくなる。自然への畏敬のみで生きていける。
夏の場合、犯罪行為や暴力、喫煙禁酒といったことが部内で発生したなら高野連から制裁をかけられるが、法律違反でない、道徳に反したといったことや不相応なことが起こったということなら高野連から強権を発動しにくい。ここはチーム内での判断となろう。春はそれでも、高野連から自粛を促すことができる。夏は法律に関わらなければ自浄だ。逆にチームや学校の判断になるのでより厳しい可能性もある。子供に対するしつけと一緒だ。
投手としての力量はもちろん、チームメートにも恵まれなければならない。味方に恵まれなければ、打たせる投球もできないから。守ってくれ、点をとってくれる安心感がピッチングの幅を広げる。そうして、連投が可能になる。そういう意味ではこのPLは、奇跡のチームと言える。ホームランは打てば1本増える。負け試合でも4打席ホームランすれば、4つ増える。ピッチャーは1試合、体を酷使して相手を抑え、消耗してやっと勝ち数1を手に入れることができるだけ。


