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野球の‟流れ“の正体は何だろうⅢ

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月曜連載としている野球でよく耳にする‟流れ”について。

第1回はコチラ⇒2017-8-28 野球の‟流れ“の正体は何だろう

第2回はコチラ⇒2017-9-18 野球の‟流れ“の正体は何だろうⅡ

前回は、‟流れ”の正体のひとつとして‟展開”を考察した。

 

‟流れ”の正体のひとつが‟展開”なだけだ。

多くの構成要素をもつ‟流れ”なのに、それをはっきり解明せず、

おおざっぱに‟流れ”として納得した気になっている。

 

実際に‟流れ”が変わってしまうと発言してそれがどれだけ変わったか。

はたまた、結果から振り返って‟流れ”を変えたプレーとか言っていないか。

 

こういうプレーが‟流れ”を変えてしまうというそのプレーが起きたら、

どれだけ得点が入るのかあるいは失点するのか。あるいは勝敗が分かれるのか。

その統計により、初めて‟流れ”と言ってもいいのかもしれない。

特に統計に基づいてもおらず、分析もされずに、なんとなく存在し、なんとなくこれを聞かされると

納得できた気になっている‟流れ”と言われる便利なことば。

 

‟流れ”と言っておけば、事が済み、反論さえも許さないまで威力を発揮している。

野球に精通し、長く、高いレベルでやってきた元プロ野球選手、そして現役選手も口にするので

疑問に思うこともなく、常識化し、使用してきた。

 

高校野球の実況、解説では、行き過ぎだろうと思われる放送がなされていた。

「今は、ゲームの‟流れ”が横浜隼人に傾いていますからね。法政のピッチャーの際どい球もボールになっちゃうんですね。これが法政に‟流れ”があれば、あれもストライクになるのですけど。勝負のアヤというのはおもしろいですね。」

だって。

 

‟流れ”で判定が変わるものなのだそうだ。

判定が変わるということはルールにさえ影響を与え、変えてしまっているということになる。

 

何を根拠に‟流れ”がボールにし、‟流れ”はどこに存在するのか。

統計、具体を示さず、

‟流れ”が試合を支配しているとしてしまうのは、野球の質自体の程度の低さとも言えないか。

 

そこを分析し、‟流れ”の正体をつかみ、

実態のわからないものに試合を支配されない様、戦略をたてていくことこそ、レベルを上げ、

ゲームをゲームたらしめないか。

実力は、作戦は、戦略は、そこには存在しないのか。

つづく。

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